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世界的ピアニスト・阪田知樹が選ぶ“3大超絶技巧曲”のスゴさを知る音楽会

投稿日:2021年10月02日 10:30

今週は今年5月に開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で第4位入賞を果たしたピアニスト、阪田知樹さんをお招きして、その超絶技巧を存分に披露していただきました。これは人間技なのかと思ようなテクニックが次々と飛び出して、本当にすごかったですよね。華やかで、切れ味の鋭さがありました。単に難度が高いというだけでなく、超絶技巧が音楽的な興奮にしっかりと結びついている点がすばらしいと思いました。
 リストの「ラ・カンパネラ」には複数のバージョンがあります。今回阪田さんが弾いたのは初稿と呼ばれる「パガニーニによる超絶技巧練習曲」に収められた「ラ・カンパネラ」。めったに演奏されません。一般的に演奏されるのはこれを改訂した「パガニーニによる大練習曲」に収められているバージョンです。初稿の難しさについては番組内で説明があった通りですが、曲の作りにも違いがあります。初稿にはパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章の鐘(ラ・カンパネラ)の主題に加えて、同じパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番第3楽章の陽気な主題も用いられています。
 超絶技巧を誇った往年の大ピアニスト、ジョルジュ・シフラが編曲したブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」も壮絶でした。この曲はオーケストラ編曲版が広く知られていますが、もともとはブラームスが大衆的な民俗舞曲をピアノ連弾用に編曲したものです。家庭へのピアノの普及を背景に、出版社はこの曲の楽譜を販売して、大ヒットを飛ばしたのです。しかしシフラの編曲が目指すのは家庭音楽とは正反対。目もくらむような華麗なる超絶技巧の世界へと誘ってくれます。
 最後に演奏されたバラキレフの「イスラメイ」は難曲中の難曲。よく「もっとも演奏が難しいピアノ曲」に挙げられます。阪田さんの鮮やかで、そして熱い「イスラメイ」に圧倒されました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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第30回 出光音楽賞 受賞者ガラコンサート

投稿日:2021年09月25日 10:30

今週は第30回出光音楽賞受賞者ガラコンサートの模様をお届けいたしました。会場は東京オペラシティコンサートホール。本来であれば昨年開催されるところでしたが、コロナ禍により、一年延期して無観客での開催となりました。受賞者の服部百音さん、佐藤晴真さん、藤田真央さんは、いずれもすでに華々しい活躍をくりひろげている実力者ばかりです。
 服部百音さんが演奏したのは、タルティーニ作曲のヴァイオリン・ソナタ「悪魔のトリル」より。タルティーニはイタリア・バロック期の作曲家、ヴァイオリニスト。夢のなかで悪魔がヴァイオリンで美しい曲を弾くのを聴き、目覚めてからこれを楽譜に書き留めたという逸話が知られています。技巧的なトリルが頻出する難曲ですが、百音さんの鮮やかなテクニックと高い集中力が印象的でした。
 佐藤晴真さんは2019年に難関として知られるミュンヘン国際音楽コンクールのチェロ部門で優勝し、国際的に脚光を浴びました。今回演奏したのはチャイコフスキーの人気曲、「ロココ風の主題による変奏曲」より。ほとんどのチェリストは、この曲を初演者が演奏効果を高めようと改変した版で演奏しているのですが、佐藤さんは原典版で演奏しています。チャイコフスキー本人の意図を尊重することで作品の核心に迫ろうという狙いがあるのでしょう。音楽に対する誠実で知的な姿勢と、とても情感の豊かな演奏を両立しているのが佐藤さんの魅力だと思います。
 藤田真央さんはクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール優勝、チャイコフスキー国際コンクール第2位の経歴を誇り、世界に向けて大きく羽ばたきつつある才能です。今回演奏したのはモーツァルトのピアノ協奏曲第24番。この曲には作曲者がカデンツァ(終結部直前のソロの部分)を残していません。そこで真央さんは自作のカデンツァを披露してくれました。18歳で書いたそうですが、まさに才気煥発といった様子ですばらしいですよね。これぞ協奏曲の醍醐味だと感じ入りました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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セカンド奏者のすごさを知る休日

投稿日:2021年09月18日 10:30

今週はセカンド奏者のみなさんをお招きして、ファースト奏者を支える献身ぶりについてお話しいただきました。同じ楽器の奏者でもファーストとセカンドではずいぶんと役割が違うものですね。
 一般的なオーケストラでは、同じフルート奏者であってもファーストは常にファーストのパートを吹き、セカンド奏者は常にセカンドのパートを吹きます。ファーストの人が定年や移籍で楽団を去ったからと言って、セカンドの人がファーストに昇格するわけではありません。入団オーディションの時点で、ファーストはファーストとして、セカンドはセカンドとして別々に募集されるのが普通です。たとえ経験の少ない若い奏者であっても、ファーストとして採用されれば最初からファーストです。それくらい立場がはっきり違います。ファーストとセカンドでは奏者のメンタリティもずいぶん違っていることが番組からよく伝わってきたと思います。
 オーケストラの木管楽器で特徴的なのは、楽器の持ち替えがあるところでしょう。たとえばフルートであれば、ファースト奏者はフルートのみを吹きますが、セカンド奏者はピッコロに持ち替えることがあります。ピッコロはひときわ甲高い音を出しますので、どんな場面でも目立つ楽器。難波薫さんが持ち替えを実演してくれましたが、普段は目立たない奏者がいきなり大活躍することになります。
 オーボエの場合はセカンド奏者がイングリッシュホルンも吹くことになります。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」第2楽章に登場する有名なメロディを演奏するのはイングリッシュホルン。普段はサポート役のセカンド奏者が、一気に主役に躍り出ることもあるのです。
 最後のセカンド奏者だけで演奏するベートーヴェンの交響曲第7番は新鮮でした。ファースト不在でもこれはまぎれもなくベートーヴェンの7番。いつもは表から見ている作品を裏側からのぞくようなおもしろさがありました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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オーケストラを設立!夢に挑む反田恭平の音楽会

投稿日:2021年09月11日 10:30

今回は反田恭平さんとジャパン・ナショナル・オーケストラのみなさんをお招きいたしました。「世界に通用する音楽学校を作りたい」と語る反田さん。その夢の実現に向けての第一歩として、将来の教授陣を担う楽員たちを集めてオーケストラをご自身で結成しました。まったく型破りなアイディアで、日本の音楽界でこんなことをできるのは反田さんしかいないでしょう。
 ジャパン・ナショナル・オーケストラのメンバーは若き精鋭たち。ソリストとしても活動する奏者たちを集めただけあって、表現意欲にあふれたヴィヴィッドな演奏を披露してくれました。チェロ以外はみんなで立奏するというスタイルも、音楽の躍動感がいっそう増すようで新鮮です。小編成のオーケストラというよりはむしろ室内楽のような、ひとりひとりのキャラクターが際立つ演奏でした。
 今、日本のクラシック音楽界では、若くて優秀な奏者たちが次々と頭角を現していますが、彼らは高い技術や表現力を持つだけではなく、音楽家としての活動の在り方についても新しい発想をもたらしているように感じます。先頃開催されたジャパン・ナショナル・オーケストラの設立記者会見で、反田さんは「世界的に大変な時代に突入しているなかで、より音楽に没頭したい、音楽に人生を捧げたいと考える人を集めて、そのお手伝いをしたい」と語っていました。そのための手段のひとつがオーケストラの設立であり、オーケストラの株式会社化です。
 現状ではプロのオーケストラは公益財団法人等、公益を目的とした法人として運営されており、株式会社としての継続例を知りません。オーケストラは演奏会のチケットセールスだけで利潤を生み出すのは困難とされていますが、反田さんはオンライン・サロンの開設など、新しい試みを行っています。いったい次はどんなことが起きるのか、反田さんのチャレンジから目が離せません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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7人制吹奏楽!ブリーズバンドの音楽会 第4弾

投稿日:2021年09月04日 10:30

今週は好評のブリーズバンド企画の第4弾。ブリーズバンドとは7人制吹奏楽という番組発の合奏スタイルです。コロナ禍のなか、従来のように大勢が集まって練習や演奏をするのは難しいだろうという発想から生まれた合奏スタイルですが、その本質は7人全員が主役であること。オーケストラと室内楽には別の楽しみがあるように、ブリーズバンドには大人数の吹奏楽にはない別の魅力があると思います。
 今回は上野耕平さんがおっしゃったように「よりエンターテインメント色を強めた」アレンジによる3曲が演奏されました。いずれも当ホームページより譜面をダウンロードできます。
 1曲目は「うっせぇわ」。篠田大介さんによるブラスロック・アレンジでお楽しみいただきました。トップレベルの奏者たちによる演奏はキレがあって、パワフル。原曲にはとてもインパクトのある歌詞が付いているわけですが、言葉なしでアグレッシブさを表現しているのがこのアレンジの聴きどころ。「アナーキーな即興」の部分がカッコよかったですよね。
 2曲目はチャイコフスキーの名作バレエをひとひねりした川島素晴さん編曲による「白鳥たちの湖」。本来の「白鳥の湖」では、悪魔の呪いで白鳥に姿を変えられたオデット姫と王子ジークフリートとの悲恋が描かれるわけですが、まさかの学園ドラマ仕立て。ヨソ者役の白鳥にサン=サーンスの「白鳥」がやってくるという、二大「白鳥」名曲の共演(?)が実現しました。上野さんのチャイコフスキー「白鳥」とMatt Roseさんのサン=サーンス「白鳥」の間を、フルートの多久潤一朗さんが取り持っている場面がおかしすぎます。
 最後は映画「ピノキオ」より「星に願いを」を挾間美帆さんによるリズム変奏曲アレンジで。ボサノヴァ、ハバネラ、サンバ、スウィングと、あたかも耳で楽しむ世界旅行のよう。パーカッションの不在をまったく感じさせない躍動感がありました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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世界一要求が多い?エリザベート王妃国際音楽コンクールを知る音楽会

投稿日:2021年08月28日 10:30

今週は今年5月に開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で見事、第3位に入賞した務川慧悟さんをお招きしました。以前、同コンクールのヴァイオリン部門第2位に入賞した成田達輝さんとともに、このコンクール独特の仕組みについてお話を伺いました。
 いつ頃からか、エリザベート王妃国際音楽コンクールはショパン国際ピアノ・コンクール、チャイコフスキー国際コンクールとともに「世界三大コンクール」と呼ばれるようになりました。世界中に音楽コンクールはたくさんありますが、有力コンクールで上位入賞を果たすことは音楽家にとって大きな意味があります。プロフィールに有力コンクールの受賞歴があれば、世界のどこに行っても実力者であると認めてもらえます。コンクールの目的は若い才能を発掘し、世に知らしめること。世界中の音楽関係者の注目が集まります。
 コンクールそのものに目に見える格付けがあるわけではありませんが、過去にどれだけすぐれたアーティストを輩出しているかは、そのコンクールのランクの目安となります。エリザベート王妃国際音楽コンクールでは、前身であるウジェーヌ・イザイ・コンクール時代にヴァイオリンのオイストラフ、ピアノのギレリスといったレジェンドたちが1位を獲得していますし、現在の名前になってからもヴァイオリンのコーガン、ピアノのフライシャーらが1位に輝いています。1972年にはソ連のアファナシエフが1位を受賞し、ベルギーで演奏旅行を行った際にそのまま政治亡命をするというドラマもありました。以前、当番組に出演してくれたヴァイオリニストのレーピンも、このコンクールの優勝者です。
 現在から見れば巨匠と思えるこれらのアーティストたちも、コンクールで受賞した時点ではだれもが若者だったのです。務川慧悟さんがこれからどんなアーティストへと育ってゆくのか、楽しみでなりません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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海の協奏曲の音楽会

投稿日:2021年08月21日 10:30

もしもクラシックの大作曲家が人気Jポップをアレンジしたら……? そんな遊び心からスタートした好評企画第6弾、今回は「海の協奏曲の音楽会」をお届けしました。
 それぞれの楽章の最大の聴きどころはカデンツァ。協奏曲にはソリストが単独でソロを弾く見せ場が用意されています。ソリストはヴァイオリンの辻彩奈さん、チェロの伊藤悠貴さん、ピアノの髙木竜馬さん。いずれも国際コンクール優勝の経歴を誇る実力者たちです。第一線で活躍する若く優秀なソリストたちが気持ちのこもったソロを披露してくれるのですから、贅沢というほかありません。
 第1楽章は、もしもロッシーニが松田聖子「青い珊瑚礁」をアレンジしたら? 「ウィリアム・テル」序曲のギャロップに「青い珊瑚礁」が組み合わされる意外性がおもしろかったですよね。途中から「セビリアの理髪師」序曲も加わって、一気にオペラ風の雰囲気に。ロッシーニの得意技、反復的なクレッシェンドも飛び出して、大いに盛り上がりました。
 第2楽章は、もしもドビュッシーがピンク・レディー「渚のシンドバッド」をアレンジしたら? これも意外な組み合わせでしたが、ドビュッシーの代表作といえばなんといっても交響詩「海」。繊細な響きの移ろいのなかに、淡く夢幻的な「渚のシンドバッド」が溶け込んでいました。
 第3楽章は、もしもグリーグが「およげ!たいやきくん」をアレンジしたら? ノルウェーの作曲家グリーグのピアノ協奏曲は、ティンパニのトレモロで始まるドラマティックな冒頭で有名です。まるでフィヨルドに注ぐ滝のよう。そんな雄大な光景で、すいすいと泳いでいるのがたいやきくん。途中からは同じくグリーグの「アニトラの踊り」も加わってエキゾチックなムードを醸し出し、最後は大迫力の「山の魔王の宮殿にて」でフィナーレを迎えました。頭から尻尾まであんこがたっぷり詰まったたいやきのような濃密な音楽でした。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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夢をかなえる!ディズニープリンセスの音楽会 後編

投稿日:2021年08月14日 10:30

今週は先週に引き続き、ディズニー作品に登場するプリンセスたちの名曲を、日本の音楽界のプリンセス&プリンスたちによる演奏でお楽しみいただきました。曲ごとに異なる楽器編成でアレンジが施され、原曲からまた新たな魅力が引き出されていたと思います。
 「アナと雪の女王2」の「イントゥ・ジ・アンノウン ~心のままに」は弦楽五重奏による室内楽編成での演奏。一般的な弦楽四重奏にコントラバスが加わった編成です。エレガントで透明感があって、でもパワフルなアレンジは、エルサのキャラクターにぴったりだったのでは。弦楽器のピッツィカート(弦を指ではじく奏法)も、エルサの内面の焦燥感を表すようで効果的でした。
 「アナと雪の女王」の「レット・イット・ゴー 〜ありのままで〜」では高木綾子さんのフルートと長哲也さんのファゴットによるデュオにオーケストラが加わりました。澄み切ったフルートの音色と温かみのあるファゴットの音色の組合せで奏でられる「レット・イット・ゴー」はとてもドラマティック。風の音のようなフルートの特殊奏法もおもしろかったですよね。
 「シンデレラ」の「夢はひそかに」では、堀内優里さんのヴァイオリンと石丸幹二さんのサクソフォンが共演。ヴァイオリンとサクソフォンというかなり珍しい組合せでしたが、なるほどこれはプリンセスとプリンスです。優雅で繊細なプリンセスに、やさしいプリンスが寄り添うといった雰囲気がありました。
 おしまいの「美女と野獣」は「お姫様が集う舞踏会」というコンセプトだけあって華やか。角野隼斗さんのピアノ、新倉瞳さんのチェロも加わって6人のソリストと鈴木優人さん指揮の東京交響楽団が夢のような世界を描きます。イントロで白雪姫やエルサたちが帰ってきて、まるで交響曲のフィナーレを聴いているような気分になりました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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夢をかなえる!ディズニープリンセスの音楽会 前編

投稿日:2021年08月07日 10:30

今週はディズニー作品に登場するプリンセスたちの音楽がテーマ。傑作ぞろいのディズニー名曲を音楽界のプリンセスとプリンスたちによる演奏でお届けしました。一流のソリストたちとオーケストラによる演奏から、さわやかなエレガンスが漂ってきました。清水美依紗さんののびやかで温かみの感じられる声もすばらしかったですよね。
 今回は本当に豪華なアーティストたちが集まりました。フルートの高木綾子さんはNHK交響楽団をはじめ、国内トップオーケストラとの共演も多い名手。チェロの新倉瞳さんは早くから注目を集め、クラシックはもとよりクレズマー音楽など、幅広い分野で意欲的な活動を続けています。ファゴットの長哲也さんは東京都交響楽団の首席奏者。東京都交響楽団、通称「都響」の技術の高さと緻密なアンサンブルは折り紙付き。そして、指揮はおなじみの鈴木優人さん。この一年でもっとも活躍した指揮者のひとりといってもいいでしょう。今、日本の音楽界はコロナ禍による入国制限のため、外国人音楽家を容易には招けなくなっているのですが、そんななかで頼りにされているのが優人さん。各地のオーケストラから引っ張りだこの人気ぶりです。
 そして、新たな才能として脚光を浴びているプリンセスとプリンスが、清水美依紗さんと角野隼斗さん。清水美依紗さんはTikTokの歌唱動画がきっかけとなって、ディズニープリンセスの祭典 Ultimate Princess Celebration の日本版オリジナルテーマソング「Starting Now 〜新しい私へ」の歌唱アーティストに大抜擢されました。まさに現代のシンデレラストーリーですが、TikTokがきっかけというのが今の時代を反映していますよね。角野隼斗さんもまずYouTubeで人気を集めて、それから今年、ショパン国際ピアノコンクールの予備予選を通過して本大会へと進むことが決まっています。SNSのようなパーソナルなメディアと伝統あるメインストリームの檜舞台との間に、すっかり垣根がなくなったことを痛感せずにはいられません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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辻井伸行と三浦文彰がベートーヴェンを弾く音楽会

投稿日:2021年07月17日 10:30

先週のモーツァルトに続いて、今週はベートーヴェンの名曲を辻井伸行さんと三浦文彰さんに演奏していただきました。
 一曲目はベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」より第1楽章。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタのなかでも「クロイツェル」と並んで、もっともよく演奏される人気曲です。この時代ではごく一般的なことですが、作曲家は曲に具体的な題名を付けていません。だれか他人が「春」という愛称を付け、いつの間にかその呼び名が定着したのです。同じベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタでも、たとえば第6番や第7番に愛称はありません。題名が付いていないほうが多数派なのです。
 三浦文彰さんがヴァイオリン・ソナタ第5番「春」に与えた題名は、なんと、「みどりの窓口」。これには意表を突かれました。でも、たしかにこの曲には「旅のはじまり」を連想させる期待感があります。辻井さんが「ふたりで会話しているようなワクワクするような旅のはじまり」とおっしゃっていましたが、まさにそんな心浮き立つ様子が目に浮かびます。加えて、おふたりの演奏からはベートーヴェンならではのパッションが伝わってきました。三浦さんのシャープで端正なヴァイオリンに辻井さんが力強く応答する、ドラマティックなベートーヴェンだったと思います。
 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番は「皇帝」の愛称で親しまれています。こちらも他人による命名で、ベートーヴェンは作曲にあたって皇帝をイメージしていたわけではありません。だから、なにかもっと別の愛称があってもいいはずなのですが、辻井さんは「皇帝」以外に思いつかないと言います。この曲の場合、あまりにも曲想と愛称が合致しているということなのでしょう。辻井さんのピアノは輝かしく荘厳。推進力にあふれた雄大なベートーヴェンを堪能しました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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