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上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテットの音楽会

投稿日:2021年10月30日 10:30

今週は上原ひろみさんによるピアノ・クインテット(ピアノ五重奏)の演奏をお届けしました。ピアノと弦楽四重奏を合わせたピアノ五重奏という編成は、クラシック音楽の世界では決して珍しくありません。シューマンやブラームス、ドヴォルザーク、フォーレらがピアノ五重奏曲の名曲を残しています。しかし、ジャズでこの編成はあまりないのではないでしょうか。
 「豆電球がつく」ようにピアノ五重奏のアイディアが浮かんだという上原さん。共演者は新日本フィルのコンサートマスターであるヴァイオリニスト、西江辰郎さんを中心とする、ヴァイオリンのビルマン聡平さん、ヴィオラの中恵菜さん、チェロの向井航さんによる弦楽四重奏です。西江さんはオーケストラでの活動に加えて、ソロや室内楽でも活躍していますので、クラシック音楽ファンにはおなじみでしょう。のびやかな弦楽器の響きとキレ味のあるピアノの音色が一体となって、独自の音楽が生み出されていました。
 1曲目に演奏されたのは『シルヴァー・ライニング・スイート』より「アイソレーション」。「どの雲にも銀の裏地(シルヴァー・ライニング)がついている」という英語の諺から、「シルヴァー・ライニング」には「逆境にあっての希望の光」という意味があります。コロナ禍における孤立を題材に掲げつつ、テーマを弦楽器とピアノの間で受け渡しながら発展する様子に、一歩ずつ着実に前に進んでゆくようなポジティブなエネルギーを感じます。クラシカルな雰囲気のある曲でしたよね。
 2曲目は「サムデイ」。チェロのウッドベースのような使い方が特徴的で、こちらはよりジャズのテイストが前面に出ていたと思います。進むにつれてじわじわと白熱し、最後は輝かしい高揚感に包まれました。
 3曲目はスペインのワインの醸造地にちなんで題された「リベラ・デル・ドゥエロ」。民族音楽風の情熱的な曲想とメンバーそれぞれのソロが熱かったですよね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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すぎやまこういちの音楽会 ~そして伝説へ

投稿日:2021年10月23日 10:30

今週は番組放送内容を変更して、9月に亡くなったすぎやまこういちさんの追悼企画をお届けしました。いずれも作曲者自身の指揮による自作自演で、貴重な映像ばかり。堂々として明快な指揮ぶりが印象的でした。
 作曲家すぎやまこういちの代表作を挙げるとすれば、やはり「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽ということになるでしょう。「序曲」は「ドラクエ」シリーズ全体のテーマ曲というべき名曲。映画のオープニングテーマやオペラの序曲と同じように、音楽で物語の世界観を伝える大切な役目を担っています。「ドラクエ」の舞台は騎士、戦士、僧侶、魔法使いがいる古いヨーロッパ風のファンタジー世界。この世界にふさわしいクラシカルなテイストを持ったオーケストラ音楽が鳴り響きます。初代ファミコンの音源再生能力は現代からすると信じられないほど貧弱なものでしたが、それでもプレーヤーたちはイマジネーションを膨らませて、すぎやまさんの音楽にオーケストラのサウンドを聴き取っていたはずです。
 もっとも「ドラクエ」発売当時は、すぎやまこういちの名を意外に感じた人が多かったと思います。というのも、当時はファミコンゲームといえばまだまだマイナーな世界。すでに歌謡曲で数々のヒット曲を飛ばした有名作曲家が曲を書いてくれるなんて、本当かな……と感じたものです。
 番組最後に演奏されたのは「ドラゴンクエストIII」より「そして伝説へ」。これは名曲ですよねえ。シリーズ中でもドラクエIIIを最高傑作に挙げる人は少なくないのでは。ゲームをクリアして、音楽を聴きながらこれまでの冒険の軌跡を思い出し、その世界から別れがたい気分に浸る。これこそロールプレイングゲームの醍醐味でしょう。すべては架空の世界の物語なのに、音楽が強烈なノスタルジーを喚起します。もしすぎやまこういちの音楽がなかったら、「ドラゴンクエスト」はまったく別のゲームになっていたにちがいありません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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藤井フミヤとクラシックの音楽会

投稿日:2021年10月16日 10:30

今週は藤井フミヤさんをゲストにお招きして、クラシックの超名曲を歌っていただきました。「最近は家で聴く音楽の8割はクラシック」というフミヤさんが選んだのは、シューベルトの「セレナーデ」、そしてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」第2楽章でした。
 シューベルトといえば数々の名曲で知られる歌曲王。なかでも歌曲集「白鳥の歌」に収められたこの「セレナーデ」はよく知られています。通常はレルシュタープが書いたドイツ語の原詩で歌われますが、今回フミヤさんが歌ったのは松本隆さんによる現代日本語訳。以前、当番組の「シューベルトの歌曲を現代日本語訳で聴く音楽会」で松本隆さんの訳詞をご紹介しましたが、松本さんの訳詞はとても自然で、聴き取りやすいんですよね。そして、今の私たちの感性にぴたりと寄り添ってくれます。フミヤさんが歌うと、ますます現代的になると言いましょうか、ほとんどポップスのような身近な音楽として感じることができます。きっとシューベルトだって身近な人々のために曲を書いていたはず。当時の聴衆が受けた印象と私たちがフミヤさんの歌から受ける印象は案外近いのかもしれません。
 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」の第2楽章は、ビリー・ジョエルの「This Night」など、これまでにくりかえしカバーされてきた人気曲です。原曲はピアノ曲ですので歌詞はありませんから、フミヤさんはオリジナルの歌詞を付けて、「青いメロディー」と題しました。原曲が持つ淡いノスタルジーを保ちながらも、すがすがしく爽やかなポエジーで満たされいて、古い曲という感じがまったくしません。
 最後に演奏されたフミヤさんの「TRUE LOVE」は、尺八の藤原道山さん、箏のLEOさんが加わった豪華メンバーで。和楽器と弦楽器とボーカルが無理なくひとつに溶け合って、独特の透明感が生み出されていました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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ショパンコンクールのコンテスタントによるショパンの音楽会

投稿日:2021年10月09日 10:30

現在、ポーランドのワルシャワでショパン国際ピアノコンクールが開催されています。10月3日に1次予選が開始され、以降人数を絞りながら、2次予選、3次予選、ファイナルへと続きます。ファイナルが終わるのは10月20日という長丁場。小林愛実さんも角野隼斗さんもコンクールに参加しており、昨日、ともに2次予選への進出が発表されました。
 世界中にたくさんの音楽コンクールがありますが、ショパン・コンクールほど注目を集めるコンクールはほかにありません。それはこのコンクールが過去にポリーニやアルゲリッチなど、偉大なピアニストを輩出してきたからでもあるでしょうが、それに加えて、ショパンがピアニストにとって特別な存在だからという点も見逃せません。かつて名ピアニストのアルフレート・ブレンデルが、こんなことを語っていました。
「ピアニストには2種類いる。ショパンを弾くピアニストと、それ以外だ」
 実は当のブレンデルは後者のショパンを弾かないタイプのピアニストでした。ショパンを弾くとなったら、そのために膨大なエネルギーを注がなければならなくなるので、あるとき彼はショパンを弾かない道を選択したというのです。やはりショパンは別格です。
 ショパンの魅力はとても一言で語れるようなものではないでしょうが、小林愛実さんは一例として「華麗な装飾音」を挙げてくれました。軽やかできらめくような装飾はショパンならでは。同時代の他の作曲家、たとえばリストやシューマンとはまったく違った美学に貫かれています。
 角野隼斗さんはショパンの魅力を「引き算の美学」と語っていて、これはおもしろい表現だと思いました。例として弾いてくれたリスト風「英雄ポロネーズ」には爆笑! たしかにリストはショパンとは正反対で、ある種の過剰さが芸術に高められた存在だと思います。ショパンは「引き算の美学」から、大きなドラマや豊かな詩情を生み出します。最後に角野さんが演奏した「英雄ポロネーズ」はまさにその実践だったと思います。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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世界的ピアニスト・阪田知樹が選ぶ“3大超絶技巧曲”のスゴさを知る音楽会

投稿日:2021年10月02日 10:30

今週は今年5月に開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で第4位入賞を果たしたピアニスト、阪田知樹さんをお招きして、その超絶技巧を存分に披露していただきました。これは人間技なのかと思ようなテクニックが次々と飛び出して、本当にすごかったですよね。華やかで、切れ味の鋭さがありました。単に難度が高いというだけでなく、超絶技巧が音楽的な興奮にしっかりと結びついている点がすばらしいと思いました。
 リストの「ラ・カンパネラ」には複数のバージョンがあります。今回阪田さんが弾いたのは初稿と呼ばれる「パガニーニによる超絶技巧練習曲」に収められた「ラ・カンパネラ」。めったに演奏されません。一般的に演奏されるのはこれを改訂した「パガニーニによる大練習曲」に収められているバージョンです。初稿の難しさについては番組内で説明があった通りですが、曲の作りにも違いがあります。初稿にはパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章の鐘(ラ・カンパネラ)の主題に加えて、同じパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番第3楽章の陽気な主題も用いられています。
 超絶技巧を誇った往年の大ピアニスト、ジョルジュ・シフラが編曲したブラームスの「ハンガリー舞曲第5番」も壮絶でした。この曲はオーケストラ編曲版が広く知られていますが、もともとはブラームスが大衆的な民俗舞曲をピアノ連弾用に編曲したものです。家庭へのピアノの普及を背景に、出版社はこの曲の楽譜を販売して、大ヒットを飛ばしたのです。しかしシフラの編曲が目指すのは家庭音楽とは正反対。目もくらむような華麗なる超絶技巧の世界へと誘ってくれます。
 最後に演奏されたバラキレフの「イスラメイ」は難曲中の難曲。よく「もっとも演奏が難しいピアノ曲」に挙げられます。阪田さんの鮮やかで、そして熱い「イスラメイ」に圧倒されました。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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