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前奏じゃないのに「前奏曲」の音楽会

投稿日:2022年07月30日 10:30

世に「前奏曲」と題された曲はたくさんありますが、そのなかでも特に人気の高い曲がショパンの「24の前奏曲」。「雨だれ」をはじめ、名曲がぎっしり詰まっています。でも前奏曲ばかりが続いていて、なぜか前奏の後に来るはずの本編(?)がありません。不思議ですよね。今回はそんな単独で成立する「前奏曲」が生まれるまでの歴史に迫ってみました。
 前奏曲がその名の通り前奏曲として機能している代表例としては、バッハの「前奏曲とフーガ」が挙げられます。「平均律クラヴィーア曲集」を筆頭に、バッハは前奏曲とフーガを一組にした作品をたくさん書いています。フーガとは主題を複数の声部間で模倣しながら進む曲のこと。とても複雑な構造を持っているので、聴くだけでも集中力が必要です。それに比べると、前奏曲はハーモニーやメロディの美しさが際立った曲が多く、リラックスして聴くことができます。つまり、「前奏曲とフーガ」は対照的な性格を持った曲がワンセットになっているわけです。
 ところがショパンの前奏曲もドビュッシーの前奏曲も、前奏曲だけで曲集が組まれています。フーガのような曲がなくても、前奏曲だけで十分に味わい深く、多彩な曲集が成立しています。ショパンの「24の前奏曲」は、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」と同じように24のすべての調で曲を書くというアイディアに基づいていますが、ショパンの時代にはすでにフーガは流行していませんでしたので、ショパンが前奏曲とフーガをセットで書くことはありませんでした。
 ショパンに先んじて、ベートーヴェンも前奏曲のみの作品を書いています。「すべての長調にわたる2つの前奏曲」作品39や、前奏曲ヘ短調WoO.55といった作品があります。どちらもめったに演奏されない曲ですが、こういった知られざる作品にも、ベートーヴェンの先駆性があらわれています。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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クラシック奏者が演奏したいアニメソングの音楽会 第2弾

投稿日:2022年07月23日 10:30

今週はクラシックの分野で活躍するアニメ好きの音楽家たち3名が集まって、それぞれが選んだアニメソングをスペシャルアレンジで演奏しました。みなさんのアニメへの熱い思いがひしひしと伝わってきました。
 それにしても今の時代のアニソンには複雑な味わいを持った楽曲が多いことに改めて驚かされます。一曲目に演奏されたのは『王様ランキング』より「BOY」。演奏したい理由として、Cocomiさんが転調の多さや曲調の変化がストーリーに合っていることを挙げていました。ほのぼのとした絵柄に反して、物語世界が大人の心にも響くテーマを扱っていることを、あたかも音楽で予告しているかのよう。フルート、箏の透明感のある音色と、チェロとオーケストラの重厚な音色が組み合わさって、洗練されたサウンドが生み出されていました。
 『進撃の巨人』の「The Rumbling」を選んだのは箏のLEOさん。選曲の理由は「デスボイス」にあると言います。大声で歪ませて叫ぶ低音域の声を「デスボイス」と呼ぶのだそうですが、一見、箏とは似合わない表現方法のように思えます。しかし、特殊奏法を駆使したLEOさんの演奏は迫力満点。恐怖や混乱までも伝えてくれるスケールの大きな音楽になっていました。カッコよかったですね。
 『もののけ姫』より「アシタカとサン」を選んだのはCocomiさん。この物語のラストシーンには、変ニ長調の温かさが似合うと言います。フルートとハープの清澄な音色で始まって、ヴァイオリンのソロが加わり、弦楽器、さらに管楽器も加わって、次第に音の厚みが増してゆくという趣向を凝らした編曲でした。
 宮田大さんは言葉のリズムに着目して『SPY×FAMILY』より「喜劇」を選んでくれました。宮田さんのチェロから言葉のニュアンスが感じられたのではないでしょうか。ストリングスを中心としたアレンジもシックで気持ちよかったですね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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アニメ・特撮音楽を築いた巨匠 渡辺宙明の音楽会

投稿日:2022年07月16日 10:30

今週は今年6月23日に96歳で世を去った渡辺宙明さんを追悼し、その名曲の数々をお届けいたしました。「秘密戦隊ゴレンジャー」や「野球狂の詩」「マジンガーZ」などなど、本当に名曲ぞろいで、今聴いても胸が熱くなります。音楽がそれぞれのヒーロー/ヒロイン像にぴたりとマッチしているんですよね。
 「秘密戦隊ゴレンジャー」は特撮戦隊シリーズの草分け。それまでのヒーローはひとりで敵と対決していましたが、この番組では5人で戦隊を組んで敵と戦う新たなヒーロー像が打ち建てられました。オープニングテーマの「進め!ゴレンジャー」、エンディングテーマの「秘密戦隊ゴレンジャー」、どちらも耳なじみのよい名曲ですが、特に後者の「バンバラバンバンバン……」はインパクト抜群。このようなスキャットの活用は「宙明サウンド」の大きな特徴になっています。
 「野球狂の詩」の「チュチュチュ」もかなり意外性のあるスキャットだったと思います。このアニメは女性プロ野球選手の誕生という斬新なストーリーを描いているわけですが、それだけに歌詞のないスキャットのみの型破りな主題歌がよく似合っていたのではないでしょうか。
 渡辺宙明さんがスキャットの着想源として挙げていたのがスウィングル・シンガーズ。パリで結成された8人編成のアカペラ・ヴォーカル・グループです。バッハの平均律クラヴィーア曲集や管弦楽組曲のような名曲を、スキャットによりジャズのスタイルを取り入れて歌うというアイディアで一世を風靡しました。「ダバダバ……」とスキャットで歌われるモーツァルトの交響曲第40番などもありました。BGMで耳にしたことがある方も多いことでしょう。
 それにしても「鋼鉄ジーグのうた」でこれほどまでにスキャットが多用されていたとは。「ダンダダダン」や「バンバンババン」と濁点の連続で力強く畳みかけてきます。「ハニワ幻人」など一蹴してしまいそうな迫力がありましたね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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夏が来た音楽会

投稿日:2022年07月09日 10:30

今週は音楽で夏の季節感をたっぷりとお楽しみいただきました。やはり夏は思い出の多い季節なのでしょうか、ノスタルジーを喚起する曲がたくさんありましたね。
 最初に石丸さんが歌ったのは「ラジオ体操の歌」。子どもの頃、夏休みに聴いた曲といえばこの曲でしょう。最近はラジオ体操の習慣がなくなっている地域も多いようですが、毎朝、眠い目をこすりながら学校の校庭に通ってスタンプをもらっていたのを思い出します。今回のアレンジではスティールパンがさわやかな南国気分を醸し出していました。こんな演奏を聴けるのなら、早起きも苦にならなかったかも?
 「日本の夏のうたメドレー」で演奏されたのは、村治佳織さんのギターによる「浜辺の歌」、伊澤陽一さんのスティールパンによる「椰子の実」、廣津留すみれさんのヴァイオリンによる「夏の思い出」。新鮮なアレンジで生まれ変わった日本の夏といった趣でしたが、やはり郷愁をかきたてられます。
 あいみょんの「マリーゴールド」は、ギターとストリングスによる演奏で。この曲も夏の情景が描かれています。「淡い青空とマリーゴールドの花の黄色を思い浮かべた」という村治さんの演奏は、清爽かつ情感豊か。ストリングスが加わったことで、ぐっとドラマティックな音楽になっていました。
 ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」より「夏」では、廣津留さんのヴァイオリンが切れ味鋭くエネルギッシュ。ピアソラは劇付随音楽としてこの「夏」を作曲した後、「春」「秋」「冬」を書いて、「ブエノスアイレスの四季」と題した曲集に仕立てました。もともとはバンドネオン五重奏団のために書かれた曲でしたが、「リベルタンゴ」や「アディオス・ノニーノ」といった他のピアソラの名曲同様、クラシックの演奏家にも好んで演奏されています。
 最後の「東京音頭」は豪華出演者陣が一堂に会しての演奏でした。ゴージャスでしたね。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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超絶技巧で挑む!もしもの音楽会

投稿日:2022年07月02日 10:30

今週は「もしもの音楽会」の第3弾。前回好評だった「もしも漫才を音楽にしたら」をさらに拡大して、3組の漫才を川島素晴さんに音楽化していただきました。これはもう神技といってもいいかもしれません。川島さんも、演奏者のみなさんもすごすぎます!
 なにより驚くのは、3曲それぞれが音楽として聴けるということ。どんな種類の音楽にも奏者と奏者の対話性があると思うのですが、もともとの漫才にある対話性がそのまま写し取られているから、音楽として成立するのでしょう。元ネタとなっている漫才をまったく知らなくても、3曲からそれぞれ異なるキャラクターを感じ取ることができると思います。
 「もしもミルクボーイの漫才を音楽にしたら」は、「コーンフレーク」の部分の服部さんのヴァイオリンが秀逸で、頭にこびりつきそう。曲だけ聴いたときはピアノの下降グリッサンドがなんだろうと思ったのですが、漫才の映像を見て納得。「あー、コーンフレークと違うか」の「あー」のがっかり感に対応していたんですね。
 「もしもカミナリの漫才を音楽にしたら」は川島さんの「茨城弁にジャズの雰囲気を感じる」という言葉通り、スイング感がありました。パーカッションが効果的で、ヴァイオリンの鋭いツッコミも実に鮮やか。
 「もしも錦鯉の漫才を音楽にしたら」では多久さんのフルートが大活躍。漫才を見なくても、音楽そのものにユーモアがあって、つい聴いていて笑ってしまいます。言葉抜きでギャグって伝わるんですね。
 最後に演奏されたのはショパンの「別れの曲」の2.5倍速バージョン。なにか明るい希望が感じられるというか、浮き立つ気分が伝わってきます。「別れの曲」の題は映画に由来するものですから、本来ショパンとは無関係。自筆譜の段階ではVivace(ヴィヴァーチェ 活発に速く)と指示されていたのですから、こんな「もしも」もあり得たかもしれません。

飯尾洋一(音楽ジャーナリスト)

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