|
 |
|
|
世界水泳ローマのシンクロ会場はまさに下克上の嵐が吹き荒れています。
北京五輪でデュエットは何とか銅メダルを死守したものの、チームで5位に後退したことで、世界の4位から8位あたりにいた国々が、「日本は射程距離にある」と思い始めたようです。日本を追い落とすチャンスとばかり、猛烈な攻勢に出てきています。
確かに北京五輪に出場した選手全員が引退し、平均年齢20歳の若い全日本が誕生したわけですが、この選考やコーチの選任、さらにはプログラム作りなどが遅れて、すべてが後手後手に回ってしまったところは否めないでしょう。
そんな中で、乾友紀子さんと小林千紗さんが踏ん張りました。 |

乾友紀子さん(左)と小林千紗さん(右) |
それでは試合の詳細を立花美哉さんの解説で振り返ってみましょう。
元世界チャンピオン立花美哉の眼 その5
7月21日「デュエット・テクニカル決勝」 |
 立花美哉さん
|
総評:
ソロのときも感じましたが、決勝の演技は予選よりもいい演技をする国が少なく、午前中に行われる決勝競技での調整の難しさを感じました。
灼熱の太陽の下で行われる試合のため、選手たちの疲労が予想以上に激しいと言うことも理由に挙げられるかもしれません。
普通、大会では予選より決勝のほうが得点があがるケースが多いのですが、今回のデュエットテクニカルでは全体の3分の2が、決勝での得点が予選よりも悪かったです。
それだけ、悪いものには悪い、良いものには良いという点数がジャッジから出ている大会とも言えるでしょう。
★ ロシア
ダビドワ&ロマーシナ |

ダビドワ&ロマーシナ |
<予選>
ダビドワとエルマコワの二人から、ダビドワとロマーシュナの二人になって、構成の密度やスピードなど、方向性は同じですが、さらにスケールが大きくなった感じがする。
19歳のロマーシナの技術力の巧さが光っています。
さすが、16歳からロシア代表に入っただけのことはあると納得です。
何をしたいのか、何をして勝ちたいのか、何ができるのかを徹底して、全うしています。
それは同調性と、演技構成の密度です。
これに関しては、世界の頂点にあり、限界に近いのではないかと思われるほど、トレーニングされているのを感じます。
たとえダビドワが倒立系が弱くてふらふらしていても、それでもあわせるという心意気が感じられました。
<決勝>
さすがの一言。
大半の国が予選よりもパワーダウンしている中、彼女たちのスピードは変わりませんでした。
最後まで演じきる徹底した身体的トレーニングを行っていること、さらには、最後まできちんとやることを精神的にも叩き込まれていることが手に取るようにわかりました。
戦い抜くことを知っていると言ってもいいでしょう。
テクニック的には、ダビドワがヨレてしまったところがあるので、エクスキューションが予選よりも下がってしまいましたが、総合的には世界チャンピオンにふさわしい演技でした。
★ スペイン
メングアル&フェンテス |

メングアル&フェンテス |
<予選>
最初のエレメンツ、ツイストトワールに関して、少しばらつきもあって、位置もずれてしまったので完遂度という意味でいまひとつでした。
しかし、それを補うような、構成の面白さと身体の自由な使い方があり、それはロシアに対抗する大きな武器なのだと感じました。
<決勝>
予選のときと同じミスを犯してしまったのは残念。
ロシアに勝るものを持ちつつ、ロシアに届かないのは、マイナス面をつけてしまう何かがあるのでしょう。
今回はそれがエレメンツのズレでした。
★ 中国
蒋テイテイ&ブンブン |

蒋テイテイ&ブンブン |
<予選>
エレメンツに関して、ゆがみや弱さが見え、不確実性が目立っていました。
しかし、上位2組にはない「さわやかな好感度」が彼女たちの売りであるのは明らかでした。
<決勝>
エレメンツの弱さが非常に目立ちました。
北京五輪のときと同じミスを犯してしまいましたが、3位以下のチームが中国に勝るものをまだ持っていないので、3位に入ることができました。
しかし、今後、その技術の弱さが彼女たちの脚を引っ張ることになってしまうのではないでしょうか。
表彰台の常連になるためには技術の確実性を最低限持っていないといけません。
★ 日本
乾友紀子&小林千紗 |

乾友紀子&小林千紗 |
<予選>
この逆風の中、あの舞台に立つのは大変怖いことでしょう。
しかし、出てきたときからその不安を感じさせることなく、自分たちの力を発揮しようとする意気込みが感じられました。
特にエレメンツに関しては、よくやっていたと思います。
ロシアのように高さがあるわけではなかったので、トップレベルではないかもしれませんが、彼女たちなりに踏ん張っていたな、よく我慢していたなと言うのが、感想です。
ただ、最後の足技の構成と、演じ方で、あの低さとばらつきが見えてしまうので、最後のダメ押しにはならず、点数が下がってしまった可能性はあると思われます。
<決勝>
演技内容は正直に言うと、予選のほうが良かったと思います。
不安を感じさせるような弱さが要所要所、数箇所見えました。
特に、勢いやスピード感は昨日のほうが上回っていました。
カナダとイタリアの上に立てたのは、日本にとっての逆風の中、少しは攻勢に転じるチャンスになるのではないでしょうか。
★ イタリア
アデリッジ&ラピ |

アデリッジ&ラピ |
<予選>
構成が面白いです。
特にひざ間接の使い方が自由でやわらかい。
エレメンツでは荒さを感じる部分もありました。
そこがエクスキューションがあがらなかった原因となったのではないでしょうか。
<決勝> |

大躍進のイタリアデュエット |
予選よりも良く泳ぎこなしていました。
最後のバラクダからの足技は乱れてしまいましたが、巧くまとめ上げていました。
イタリアが0.001点の僅差でカナダを破って5位に入りました。
イタリアにとっては大躍進です。
チームテクニカルに続いてイタリアが着実に力をつけてきていることを示しています。
★ カナダ
リトル&マルコッテ |

リトル&マルコッテ |
<予選>
規定要素エレメンツは不確実な部分が多々あったので、良いとは思いませんでした。
しかし、カナダのいいところは、ものすごくスピード感があることです。
前半の勢い、さらに足の動かし方などのスピード感です。
<決勝>
エレメンツにおいてクリアーさ、正確性がかけています。
予選から見えていたが、決勝ではそれをジャッジがしっかり点数で指摘した形になりました。
彼女たちのいいところは、演じることを体で覚えていることでしょう。
オーバーオールインプレッションで9.6が出ていることでもわかるとおり、見せ方が巧いと思います。 |

表彰式 |
<宮嶋 泰子>
デュエット・テクニカルの順位は以下の通りです。
1位:ロシア 2位:スペイン 3位:中国 4位:日本 5位:イタリア
6位:カナダ 7位:ウクライナ 8位:フランス 9位:ギリシャ 10位:ブラジル
11位:英国 12位:米国
かつてのシンクロ王国である米国はなんと決勝進出の中で最下位の12位です。
順位が下がっていくときは一気に下がります。
一つ順位を上げていくのが至難の業であるのとは対照的に……
順位と得点の詳細はこちらをご覧ください。↓
世界水泳・公式結果掲載サイトです。
それにしても、乾さんと小林さんは、この逆風の中、よく4位に踏みとどまってくれました。
デュエットを泳ぐ選手が決まったのが、5月のゴールデンウイークのさなか、日本選手権最終日です。それも発表されたのは3人でした。
さらに、3人をどう組み合わせて泳がせるかが決まったのは5月末です。
二人一組で実質的なデュエットの練習が始まったのが6月に入ってからです。
世界水泳まで1ヶ月半でどうやって本番に間に合わせろと言うのでしょう。
コーチに指名された小川雅代さんも死に物狂い。
引き受けてしまったからにはと、意地でがんばっていました。
選手も同様です。
小林千紗さんと乾友紀子さんは同じ井村シンクロクラブの所属で、選手選考のための試合として指定された3月のドイツオープンと5月の日本選手権の二試合を制したデュエットです。
当然この二人が世界水泳の日本代表と思いきや、3人が選ばれた後の告知では、この二人の組み合わせはありませんでした。二人で勝ち取ったと信じた代表の座なのに、ふたを開けてみたら、二人の組み合わせがなかったと知ったときの選手の気持ちはいかようでしょうか。
選手は「選ばれた手」と書きます。
誰が選んだ手でしょうか。
選手は「手」ではありません。
選手にも心があります。
小林さんと乾さんは「二人で泳げる喜びを噛みしめながら演技をしました」と、演技後のインタビューゾーンで語ってくれました。
この半年間彼女たちの葛藤を見つめてきた者として、その言葉の重さに涙をこらえることができませんでした。 |
 |
表彰式のあと、印象的なシーンがありました。
カナダを破って何とか4位に食らいついた乾・小林で、逆風を何とかこれで押さえ込めるかとほっとしていた私たちに、カツが入りました。
今回試合を見にきていらっしゃる元日本代表コーチ井村雅代さんが、乾さんと小林さんを呼んで、表彰式の様子をしっかり見せていたのです。
「日本選手がいない表彰式をしっかり眼に焼き付け、この思いを忘れるな」と井村さんは二人に語っていました。
元教師だけに、さまざまな機会を作って、選手たちに動機付けをはかって行く作戦はさすがです。
実は、1995年のワールドカップのときに、今回コメントをうかがっている元世界チャンピオンの立花美哉さんも4位になって悔しくて泣いているときに、井村さんに腕をつかまれて、強引に表彰式を見に連れて行かれた経験があるそうです。
なんであの場に日本がいないのか、その悔しさをばねにして、世界チャンピオンの座に上り詰めたのですね。
さあ、次はシンクロのエンターテイメントとも言うべき、フリーコンビネーションです。 |
世界水泳ローマ2009公式HPはこちら >> |