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ポルトガル編 撮影日記

赤い屋根が立ち並ぶ、アルファマ地区
ファド発祥の地を訪ねて
リスボンの下町、アルファマ地区。人々の郷愁を誘う音楽ファドが生まれた場所だ。狭い迷路のような路地へ一歩入ると、威勢のいいおばちゃんが洗濯物を干していたり、壁にはキッチュな落書き、そしてモップの様な毛並みの野良犬がウロウロ。始めて訪れる場所にも関わらず、どこか不思議な懐かしさがある。一見強面な下町の人たちも、カメラを向けるとおどけた感じで照れ笑いし、話しかけると身の上話が止まらないほど、お喋り好きだったりする。
家族で営んでいる小さなカフェで、そこのお母さんにファドの話をすると、彼女自身が、夜に、街の居酒屋やレストランに足を運び、お客さんの前でファドを歌うと言う。カフェに集っていた人たちの多くも、ファド・バディオ(ファド酒場)で歌っているとのこと。これは、ひょっとして日本の下町にある「スナック」の「カラオケ」ということなのだろうか?
その日の夜、いそいそとファド・バディオへ出かけた。するとそこには、生のギターが奏でられるなかで、スポットライトを浴び、どこか険しい表情で拳を握りしめながら熱唱しているおじいさんの姿があった。カラオケのような酔いどれの歌ではなく、哀愁と情熱がつまった力強い歌だ。歌詞の内容は一切分からないが、彼の表情と歌い方の強弱とで、すっかり魅了されてしまった。その場の客たちも引き込まれている様子。
歌が終わり、かすかな余韻に浸っていると、そのおじいさん歌手は、おもむろにCDを配り始めた。この街では、自ら作曲し、スタジオでレコーディング、そしてCDを名刺代わりに配布する、なんてことが日常茶飯事だというのだ。その1枚に、自らの生き様を刻むポルトガルの人たち。何気ない日常から生まれる歌こそが、まさに大衆音楽の原点であり、歌を通してお互いを受け入れることができる。ファドは、アルファマ地区に生きる人々をより豊かにするツールとなっている。そんな気がした。
ディレクター 市川 智弘
リスボンの路地を走る市電
ファド・バディオに集まる人々