大越健介の報ステ後記

舌をかんでマツジュン
2022年02月03日

「舌をかんでマツジュン」。このよくわからない表題が、僕にとっての激動の1月20日(木)を端的に表している。
僕は最近モデルのようなランチをしている。モデルのようにカッコいいわけではないが、一応テレビに出る人だから、太らないように気をつけてはいる。そこでこの日もひとり、果物だけの食事をしていた。カットしたパイナップルをほおばった瞬間、右奥歯が変なものをかんだ。
自分の舌の根っこの方だった。タンだ。タン塩だったらよかったのに。さっと焼いてネギを刻んだのをたっぷり乗せてレモン汁につけたらなおよかったのに。ところが自分の舌は全然おいしくなかった。
なんでまたそんなものを噛んだのかわからないが、とても痛い。舌に不具合があると口がうまく回らない。この瞬間から僕はサ行とタ行がうまく発音できなくなった。

01

この日は午後からマツジュンこと松本潤さんへのインタビューが予定されていた。
なぜ大越がマツジュンか。報道ステーションのプロデューサーは鼻息荒く言った。
「『嵐』の活動休止で転機を迎えた松本さんの生きざま。コロナ禍におけるエンターテインメントの役割。いま伝えるべきニュースが彼にはある。そこを引き出すのがあなたの仕事!」。そこで僕も気合が入っていた。なのに、出鼻をくじかれるように舌をかんだわけだ。奥歯で。

02

不安を抱えつつではあったが、実は僕はマツジュンという人にとても好感を持っている。NHK時代、30歳になった彼にインタビューをしたことがあり、その誠実で内省的な人柄にほれ込んでいた。だから今回も楽しみだった。
17台(!)ものカメラが遠隔操作で動く不思議なスタジオ空間に、彼は現れた。案の定、彼の話に引き込まれてしまった。軽妙洒脱に役柄をこなすかと思うと、舞台演出にも幅を広げる八面六臂のマツジュンは、やっぱりとても生真面目で、丁寧に言葉を紡ぐ人だった。
「毎日、指差し確認して生きています」
「僕は『彩り』という言葉が好き。ほんの少しでも、誰かの『彩り』になれればいい」
魅力的な話に、舌の痛さはしばし忘れていた。サ行とタ行がうまく発音できていたかどうかはわからないが、質問もちゃんと通じていたようだ。放送は後日だが、われながら楽しみだ。(ちなみに彼が主演する「となりのチカラ」は毎週木曜日、報ステ前に放送されている)

ご機嫌で帰りの車に乗り込むと、担当デスクから、お昼過ぎ時点での報道ステーションの構成案がスマホに送られてきていた。この日のポイントは夕方から開かれる厚生労働省の専門家会議である。きょうも新型コロナのオミクロン株をめぐる動きが複雑に展開しそうだ。そんなことを考え、きゅっと身が引き締まった瞬間、あいたたた。かんだ舌がまた痛んだ。もともと神経は図太い方なので胃が痛むことはないが、舌の痛みは神経の図太さとは関係ないようだ。

放送の中身は直前まで流動的だった。
厚労省の専門家会議では、オミクロン株にふさわしい効果的な対策が議題になっている。この前日、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長が「人流抑制ではなく人数制限」「今回は、ステイホームは必要ない」と発言し、波紋を呼んでいた。そうなれば新型コロナ対策の方針転換だ。厚労省の専門家会議の意見やいかに。尾身会長のスタンドプレーなのか、専門家会議としてもこれを追認し、オーソライズするのか。

その時、この会議に提出されたという専門家有志20人余りによる提言のペーパーを、現場の記者が入手してきた。中身を読むと尾身会長の「人流抑制ではなく人数制限」という主張を補強する中身である。提言は診療の中身にまで踏み込み、若い人は検査なしで(新型コロナ感染症と)診断することも可能としている。これもまた方針の大転換だ。

厚労省の専門家会議の終了後、脇田座長の記者会見が夜9時半からセットされた。有志の提言はそのまま採用されるのか否か。放送まであと30分。しびれる。しびれすぎて舌の痛みを感じない。会見が始まり、ライブ映像を注視するが、この提言には直接触れるようすがない。扱いは脇田座長預かりになったということか。しかし、会見開始から15分、決め手の言葉が脇田座長から出た。「人流抑制ではなく人数制限が大事」。この瞬間、スタジオに走った。
脇田座長の会見からは、専門家会議として有志の対策案をオーソライズするには至らなかったが、盛り込まれた基本的な見解を共有したと判断できる。番組冒頭でほぼアドリブでそのことを伝え、20人余りの専門家有志の提言の中身を、相方の小木アナが詳細に解説した。なんとか難しいニュース判断の怒涛をしのいだ。

胸をなでおろし、態勢を立て直して次の項目に臨む。5歳から11歳までの子どもに接種される新型コロナワクチンが特例承認されるという、これまた重要なニュースだ。小児科が専門の長崎大学大学院・森内教授に生でリモート出演を願い、インタビューをした。
「森内先生」と呼びかけるのだがどうも「ち」と「せ」がうまく言えない。「せんせい」が「へんへい」みたいな発音になっている。「そうだった、オレは舌かんじゃったんだ」とようやく思い出した。森内教授と視聴者の皆さんに申し訳ない。

この原稿を書いているのは、怒涛の夜から2日たった土曜日のお昼である。しばしば当コラムに登場するネコの「コタロー」と違って、もう一匹の相棒である小さなワンコはとても控えめな性格だ。日の当たるソファの隅にへばりつくように寝っ転がるのが好きだ。名前は「おじゃる」という。

03

ネットでニュースを検索すると、番組で紹介した専門家有志の提言に対しては、各方面から「拙速だ」「これまでの努力が無意味になる」などと批判が上がっている。
オミクロン株の猛威がおさまらない。激動は続きそうだ。つかの間の休日、せめてきょうはゆっくりしよう。「おじゃる」に添い寝して、しばし休むとしよう。舌の痛みもほとんどおさまった。寒い冬だが陽だまりはポカポカしていて心地よい。
そういえば、マツジュンに8年前にインタビューしたとき、彼は「陽だまりの彼女」という映画に主演していた。ちなみに、変わった名前だけど「おじゃる」は女の子である。

(2022年1月22日)

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