プーチンの戦争
2022年03月07日

 将棋でいえば、もはや「詰み」の状態なのではないか。早く投了すべきなのではないか。軍事的に劣勢に立つウクライナではない。プーチン大統領の方が、である。

 ロシア軍がウクライナに全面的な侵攻を開始して10日以上が経過した。ロシア側は、ウクライナへの侵攻を続けながら、非軍事化と政治的中立化を求めている。相手の胸ぐらを掴んで殴りつけながら無理筋の話を吹っ掛ける行為は、まっとうな交渉とは言わない。しかも、攻撃は、あろうことか原子力発電所にも及んだ。

 プーチン大統領は、作り上げた「虚構」の上に軍事作戦を正当化する。そもそも侵攻の理由に挙げられたのは、ウクライナ東部の一部地域でロシア系住民が迫害されているという根拠不明の主張だった。しかも、侵攻はその東部地域にとどまらず、クリミア半島の喉元に位置するヘルソンやウクライナ第2の都市ハリコフでも激化、首都キエフにも砲弾が撃ち込まれている。日本政府も、もはやロシアによる侵攻は「侵略」にあたるとの認識を示した。

 ロシアによる軍事行動を「侵略」とみなすのは、どこにも大義というものが見当たらないからだ。
 3月3日、国連総会の緊急会合で、ロシアを非難し、ウクライナからの即時撤退を求める決議が採択された。決議案に反対したのは、ロシアとその同盟国のベラルーシに加え、北朝鮮、シリア、エリトリアの計5か国にとどまった。この顔ぶれをプーチン氏はどう思うだろうか。
 中国やインドは、ロシアとのこれまでの関係性に配慮して棄権に回ったが、決議案に賛成したのは141か国と、3分の2を超える圧倒的多数に上った。このメッセージの重みを、プーチン氏はどう受け止めるのだろうか。

 国連総会の決議の結果を「報道ステーション」で紹介する中で、スタジオゲストの兵頭慎治さん(防衛研究所・政策研究部長)がぽつりと言った。「これは『戦争終結後』のロシアの立ち位置を示すものとなる可能性がありますね」。
 仮にプーチン大統領の思惑通り、ウクライナを軍事的に制圧し、ロシアの傀儡(かいらい)政権を作ったとしよう。国際社会がそれでよしとするだろうか。暴挙はなかったことにできない。ロシア非難決議に回った大多数の国の中で、ロシアはいわば四面楚歌だ。中国やインドにしても、「札つき」の国とのあからさまな連携は難しい。

 そして、もっとも大事なことがある。仮に戦闘という点でロシアがウクライナを制圧しても、それはウクライナが敗北したということにはならない。大義なき戦争に突き進んだロシア軍に対し、ウクライナ軍には国を守るという大義があった。軍事同盟のNATOにも、経済・政治の連合であるEUにも属さず、ウクライナという単体で巨大なロシア軍と戦った。その事実は残る。
 そして、大きな傷を負ったウクライナの人々は、プーチン大統領の傀儡であることに満足するはずがない。いずれは主権者たる国民の意図する方向に国は導かれるだろう。つまり、プーチン大統領の「ウクライナの非軍事化、中立化」という意図は一時的に達成される可能性があるにしても、そこに永続性はない。

 さらに言えば、プーチン大統領はロシアという自国民に犠牲を強いている。それは欧米や日本による経済制裁だけにとどまらない。心あるロシアの人々は、プーチン大統領によって自国が国際的に阻害され、眉をひそめられる存在であることに我慢がならない。そうした人々の中からは、ロシア当局の締め付けにもかかわらず、反戦のデモに参加する動きが出ている。
 プーチン大統領は厳しい情報統制を行うことで対抗している。ロシアでは欧米メディアなどのサイトが見られなくなっており、SNSも厳しく制限されている。しかし、あるロシア人の友人は僕にこう言った。「ロシアの人々は本能的に知っている。情報の自由度がなくなり、当局の発表ばかりになったとき、ロシアという国がどういう方向に走っているのかを。スターリンの独裁時代から、そのことを知っている」。

 「報道ステーション」では連日、放送時間の多くを割いてウクライナ危機を報道している。新型コロナのオミクロン株は依然猛威を振るっているし、物価高騰をはじめとした経済の不安要素は後を絶たない。地球温暖化などの地球規模の問題は待ったなしだし、東日本大震災をはじめとする災害の記録と記憶はその都度思い起こす必要がある。つまりは、番組で伝えるべきことは山ほどある。
 しかし、僕たちは今回の侵略を既成事実として認めることを決してしない。
 人間の命を重んじ、その基礎となる民主国家の主権を大切にすることは、僕たちの先人が無数の犠牲を払ってようやく手に入れた、何にも代えがたい価値なのだ。ウクライナで起きていることは、その価値を共有するわれわれ全員に対する攻撃に等しい。
 「詰み」の状態で王将が暴走するのは、もはやルールも何も逸脱している。プーチンの戦争を勝たせてはいけない。それぞれのやり方で、正義のもとに集う時が来ているのだと思う。

(2022年3月7日)

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