

2007年2月9日
「私は勝つために立候補した。私たちの国を取り戻さなくてはならないから」。前ファーストレディーから転身したヒラリー・クリントン。史上初の女性大統領誕生への期待が膨らんでいる。
民主党から立候補を表明しているのは、ヒラリーのほかに最大のライバルと目されるオバマ。そして前回の副大統領候補、エドワーズなど。民主党支持者に対する全米調査では、ヒラリーが29%とダントツだったが、アイオワ州では3位に甘んじていた。ヒラリーは出遅れを挽回するため、アイオワを3日間かけて周り、演説ではブッシュ批判を繰り広げた。「我々がすべきことは、彼が始めた戦争を終わらせるように圧力をかけること。そして兵士を帰還させる」と。このアイオワ遊説の後、別の会社の世論調査では、36%と2位のエドワーズの倍の支持を得た。ヒラリーの強さは圧倒的な選挙資金にも現れている。大統領選では通常、数千万ドルが必要といわれているが、ヒラリー陣営はすでに1400万ドル(約17億円)を集めたという。
ヒラリーは、イリノイ州でカーテン販売会社を経営する裕福な家庭に生まれた。弁護士を志し、ロースクールに入学。そこで政治家を目指していたクリントンと出会った。1974年に2人は結婚。一人娘のチェルシーをもうけた。夫はアーカンソー州の司法長官、州知事と順調に出世。ヒラリー自身も「全米で最も優秀な弁護士100人」に2度も選ばれている。
二人三脚で挑んだ大統領選。優秀な妻と夫婦仲の良さをアピールしたが、序盤戦でそれを直撃する女性問題が発覚。しかし、ヒラリーは夫と一緒にテレビ出演するなど献身的な妻として振る舞い、夫の危機を救った。華麗なるファーストレディー。ヒラリーは、外交の華として、大統領のスポークスマンとして、アメリカの国民の模範を示した。夫が2期目を迎えたときに不倫疑惑が報じられた時も、テレビ出演し夫の無実を語った。その後、大統領が不倫を認めて離婚が噂されたが、彼女は夫を支え続けることを選択したのだった。
ヒラリーはニューヨーク郊外に本拠地を移し、その年に上院選に立候補。6年に及ぶ議員生活を送り、着々と大統領選に打って出る足がかりを固めてきた。しかし、人気が高い一方で、根強い"ヒラリー嫌い"もある。誰からも好かれるクリントンに対し、冷たく厳しいイメージのヒラリー。