

2007年4月9日
カナダ北東部にあるセントローレンス湾。例年なら、1月から4月にかけて、湾内は流氷に覆われる。タテゴトアザラシは、北極海から3200キロを旅して、ここへやってくる。母親は体内にカレンダーを持っているかのように、毎年決まった時期に出産、子育てを行う。出産はだいたい3月1日前後。セントローレンス湾だけで、その数は数十万頭にのぼり、氷の上はまさに"出産ラッシュ"となる。
天敵はシャチやシロクマだが、それもここにはいない。タテゴトアザラシにとって、流氷の上は【楽園】のはずだったが、近年ある異変が起きている。
アザラシウォッチングのガイドをしている男性は、「かつては、流氷の厚さが1メートルほどあったが、今では15〜20センチほどしかない。この35年間で最悪の年だと思う」と語った。さらに湾内の流氷が年々減り続けているという。
なぜ今年、流氷が一気に減ってしまったのか。そこには、様々な要素が複合的に絡んでいるとされる。東京大学の山形俊男教授は、直接的な原因として、「偏西風」の異変を上げる。山形教授が「エルニーニョもどき」と呼ぶものが、普通のエルニーニョ(太平洋の中部から南米ペルー沖にかけて、海面の水の温度が大きく上昇する)と違い、ペルー沖ではなく日付変更線付近まで行っているため、偏西風の蛇行が通常より西に寄っているという。そのため、いつもなら寒気が吹くはずの東海岸に、暖かい風が吹いてしまったというのだ。
このような事態は、タテゴトアザラシの生態にどのような影響を及ぼすのか。赤ちゃんの白く長い毛は、時にマイナス30度にもなる極寒の地で、体温の低下を防ぐ重要な役割を担う。しかし海に入った場合、その毛が濡れて逆に体温を奪う結果となるのだ。母親は子供が生後10日ほどになると、泳ぎを教えはじめる。授乳をし、疲れた体を休めるためにも、流氷はなくてはならないものなのだ。タテゴトアザラシの子育ては約2週間。3月中旬に、母親は子供を残して去っていく。母親が去ったあと、更に約10日間。その間に子供の長く白い毛は抜け、泳ぎに適した短い毛に生え変わる。子供たちは流氷の上で、旅立ちの準備をするばずだった―――。
今年のセントローレンス湾では、ただでさえ少ない氷が、早々と大西洋に流れ出してしまった。氷は大西洋に出れば、すぐに溶けてしまう。