

2007年4月13日
京都府にある「国立舞鶴医療センター」は、近畿北部の医療拠点として知られている。地域医療の要ともいえる救急医療。救急搬送がこの3年間で400件も増加するなか、センターもかつては3人体制で行っていた治療を、現在は2人で行っている。この状況は、2004年に導入された「新医師臨床研修制度」によって引き起こされた。この新制度により地域医療が崩壊寸前の危機に陥っているのだ。
「新医師臨床研修制度」は、新人医師の幅広い知識と高い技術の習得を目的としたものだ。これまで7割の研修医は、教授の指示のもと大学病院や大学の系列病院に派遣されていた。しかし新制度になり、研修医が自分の意思で研修先を選べるようになったため、学閥にとらわれることがなくなり、多くの症例が学べる都市の病院に集中するようになった。研修医の多くは、2年間の研修が終わっても研修先の病院に残るため、大学や地方病院への新人供給が止まってしまったのだ。
国立舞鶴医療センターで脳外科を担当している白土充医師(39)は、32時間以上の連続勤務も珍しくない。朝8時半から午後5時半までは外来、その後は引き続き救急対応のための当直を行っている。白土医師は、「年に1人でも良くなる患者がいれば、また1年頑張れる。もし、そういう人がいなかったらドロップアウトしてしまうかもしれない」と語った。医師の"自己犠牲"がなければ成り立たない――それが医療センターの現状なのだ。
人口10万人の舞鶴市の救急搬送は、年間3600件。これまで4つの病院で受け入れていたが、3割の患者を担当していた舞鶴市民病院が救急担当をやめてしまったために、残る3つの病院にしわ寄せがきた。舞鶴市民病院が救急対応を止めたのも、深刻な医師不足が原因だった。舞鶴市民病院では、3年前には34人いた医師が、今では6人。以前は年間1500例の手術が行われていたが、現在は常勤の外科医はいない。最低10人の医師がいなければ病院の存続は難しく、閉鎖の危機が迫っている。そのため、舞鶴市民病院事務局長の千賀義弘さんは、あと4人の医師を確保するため全国の病院を回っている。苦しい財政の中から"年収1800万円"を提示しているが、反応はまだない。千賀さんは「こういう状況であっても、病院や地域医療を守っていかなければならないのは確か。