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2007年6月29日

返還10年目の香港

返還10年目の香港

7月1日、香港が返還されて10年目を迎えた。人々の暮らしは、一見何も変わっていないように見えるが、しかしその向こうには、中国政府の影が見え隠れしている。観光バスでやってくる大勢の中国人。さらに街の至るところには、中国の通貨・人民元の両替所がある。中国の急速な経済成長による人民元の切り上げで、香港ドルに肩を並べるようになった。ゆるやかに中国との一体化が進む香港。そこには、時間をかけた中国の"大きな戦略"があったのだ。加藤千洋コメンテーターが、"香港の今"を取材した。

1997年7月1日の香港返還―――。それは、社会主義が資本主義を飲み込んだ歴史上初めての出来事だった。この日、武装した人民解放軍も香港入りした。そして1984年、当時の最高指導者であるケ小平氏は「一国ニ制度」を宣言。それは社会主義国家・中国のなかで、資本主義の香港を50年間変えないというものだった。"ゆるやかな中国化"を実現するため、中国政府は慎重に準備を進めていった。

香港で加藤コメンテーターは、丘東氏を訪ねた。26年前に中国に留学していた加藤コメンテーターの同級生で、同じ宿舎で生活を共にしていた旧友である。丘東氏は卒業後に中国共産党の統一戦線部に入り、なんと返還の12年前に通信社・新華社の職員として香港に派遣された。使命は「香港人の気持ちを理解して、香港を中国化せよ」だった。丘東氏は「中国共産党体制に不安を抱く多くの人が、返還前に海外へと脱出していった」と語る。丘東氏の任務は、香港特別行政区の憲法とも言える基本法の作成。4年8ヶ月かけて作った法律は、香港の自由経済と民主主義を保障するものだった。丘東氏は「1997年より前に『あなたは何人ですか?』と聞くと、多くの人が『香港人だ』と答えた。返還後10年経った今、多くの人たちが"中国人"だと応えるでしょう」という。
中国政府は、ゆっくりと香港の人たちの帰属意識を変えていったのである。

中国政府はメディアにも目をつけた。そこで作られたのが、人民解放軍を紹介して軍のイメージアップを図った「人民解放軍香港97」というテレビ番組。制作したのは、返還の前の年に設立された香港の衛星放送「フェニックステレビ」だった。設立当時を知る評論家の劉鋭紹氏は「1991年ごろ、どのように香港を受け入れるか北京で話し合いがあった。

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