

2007年9月20日
インド洋北部のアラビア海。日本から遠く離れたこの洋上で、自衛隊「ときわ」は今も給油活動を続けている。テロ特措法の期限が迫る中、報道陣に公開されたのは、自衛隊撤退の影響を最も受けるといわれるパキスタン軍への給油だった。これまで、日本が無償で提供した燃料は約48万キロリットル(約220億円分)に達する。この燃料の一部が、イラク戦争に転用されたという疑惑を裏付ける資料がアメリカで発見された。
アメリカ海軍の補給艦「ペコス」の航海記録には、イラク戦争直前の2003年2月25日に「ときわ」の名前が登場する。
『6時37分、補給艦「ときわ」に接近する』
『6時44分、併走開始』
ここで「ペコス」は「ときわ」から給油を受ける。
『「ときわ」から受けた船舶用ディーゼル燃料1万870バレル』
『10時13分、「ときわ」離れる』
『10時15分、「キティーホーク」に合流するため、針路変更』
イラク開戦と同時に大規模空爆を繰り広げることになる空母「キティーホーク」。「ペコス」は給油を受けた直後、この空母の元に直行する。そして約7時間後、「キティーホーク」の航海記録にはこうあった。
『17時3分、「ペコス」と接近』
『17時37分、給油ホースを連結』
『17時45分、ポンプを開始』
つまり、自衛隊の補給艦「ときわ」が、まずアメリカ海軍の補給艦「ペコス」に給油し、その「ペコス」がすぐに空母「キティーホーク」への給油を行った。日本の提供した燃料が、「キティーホーク」に“間接給油”されていたのだ。
航海記録を入手したNPO法人「ピースデポ」の梅林宏道代表は「ペコスがときわから給油を受けるとき、すでにキティーホークに渡すことを決めていた。日本がキティーホークに間接的に提供した油は全部、イラク作戦のために使われた」と指摘する。
「ときわ」から給油を受けた「ペコス」は約10時間後、イラク開戦で重要な役割を果たす船とも接触する。
『20時4分、「カウペンス」が並ぶ』
『21時32分、右舷の給油ホース撤去』
『21時38分、「カウペンス」が離れる』
「ときわ」から“間接給油”を受けた巡洋艦「カウペンス」と空母「キティーホーク」は、そのままペルシャ湾に展開。