

2008年4月14日
辻井伸行くん・19歳―――生まれながらに光を持たない彼は、去年の秋にピアニストとしてCDデビューを果たした。アマチュアからプロのピアニストへ・・・その分岐点として開かれるのが、全国15の都市で行われるデビューコンサートだ。中でも2000人以上を収容する名門「サントリー大ホール」でのソロコンサートは、プロとしての今後を試される大きな賭けでもある。"盲目のピアニスト"の旅立ちを追った。
サントリーホールは"世界一美しい響き"をコンセプトに、オープン以来、ブーニンやキーシンなど超一流アーティストたちが演奏を行い、日本のクラシック音楽を牽引してきた。音楽家たち憧れのホールに、伸行くんは日本人のピアノソリストとして、史上最年少で立つことになる。
1988年9月、辻井家の長男としてこの世の生を受けた伸行くん。しかし、いつまでたってもその目が開くことはなかった。母・いつ子さんの日記には、このときの事がこう記されている。
「生まれたときからこんなハンディを抱え、それでも伸行は生きているのが幸せなのかと考えてしまう。でもあの笑顔を見ていると、二人で死ぬなんてこと、とても考えられない…」
"全盲"という障害―――我が子の行く末を思う母の葛藤―――。しかし、伸行くんが2歳3カ月の時に起きたある出来事をきっかけに、その思いは払拭されたという。「12月ごろ、ジングルベルを歌いながら料理を作っていたら、突然、おもちゃのピアノでジングルベルのフレーズを弾き始めた」といつ子さんは当時を語る。それは、生まれながらにして光を失っていた伸行くんと家族のもとに降り注いだ"一筋の光"だった。それから辻井家の生活は一変した。母・いつ子さんは、伸行くんの手となり足となって常に傍に寄り添った。
伸行くんは今、大学の演奏家コースで学んでいる。クラシック音楽は楽譜通りに演奏することが基本とされているが、目の見えない伸行くんには楽譜は意味を持たない。曲を演奏するにあたり、先生の弾く音と言葉がその全てなのだ。プロとしてサントリーホールでの大舞台を控えた今、伸行くんの指導にあたっている上野学園大学・演奏家コースの横山幸雄教授は、"天才少年"から脱皮して"芸術家"となるための正念場とみている。