

2008年8月4日
いま、北京の駅では「民工」と呼ばれる地方からの出稼ぎ労働者が、次々と故郷へ帰る姿が目立っている。大気汚染対策で建設工事などが一斉にストップし、失業したためだ。これから河北省に帰るという民工はこう語る。「そりゃ五輪は見たいさ。でも俺たちは北京で見させてもらえないんだ」と。
北京の人口約1500万人のうち3割は、仕事を求めて地方から集まってきた人々だ。北京市郊外にある小武基地区でも1990年代から民工が住み始め、1万人以上が暮らしてきた。このあたりの家賃は11平米で230元(約3500円)。ただし地方の人が北京で暮らすには、臨時の居住証が必要だ。失業した場合はその資格を失い、新たに取得することは困難だという。
当局にとって、出稼ぎ動労者たちは動向がつかみにくい。治安対策のためにも民工たちの監視を強め、事実上"締め出し"にかかっているとされている。建設現場などで汗を流し、北京の発展を影で支えてきたはずの人々が、華やかな祭典を前に街を追われていく―――。
ある民工は、故郷に帰る列車の中でこうつぶやいた。「五輪中は工事現場で働いちゃだめなんだ。俺たちは邪魔になるんだよ」
テロ対策は意外なところにも及んでいた。北京の中心部にある四合院という伝統的な家屋の地下には、防空壕がある。実は北京市内の地下には、このような防空壕が巨大な迷宮のごとく広がっている。文化大革命の嵐が吹き荒れる1969年、中ソ国境の武力衝突の後、ソ連の核攻撃に備え、毛沢東の指示によって掘られたものだ。約30万人を動員して掘られた地下壕は3万カ所近くあり、天安門広場周辺の中心部にも張り巡らされている。しかし、こうした地下空間はテロリストなどに利用される可能性があるとして、当局によって次々と封鎖されていった。
また地下壕の中には宿泊施設になった場所も多く、民工たちの住まいにもなってきた。家賃は200元(約3000円)で、一部屋に4〜5人が暮らす。しかし、当局の封鎖によって全員が追い出されてしまった。
こうしたテロ対策の強制措置について、中国当局の危機管理のブレーンである清華大学・公共安全研究所の顧林生所長が、こう本音を漏らした。「(中国は)原始的な社会と、本当に先進的な社会と全部が混合しているから、それぞれ対策は違う。