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2008年8月6日

北京五輪目前〜四川の被災地は今

北京五輪目前〜四川の被災地は今

中国南西部を襲った四川大地震。死者は7万人近くにも上り、いまなお1万8000人が行方不明となっている。
世紀の大イベントである北京五輪を間近に控えた今月4日、四川省・綿陽でも聖火リレーが行われた。"復興のシンボル"とされた灯は体育館の中を走り続け、屋外には一切でなかった。華やかなイベントを敬遠する被災者への配慮なのだという。
地震から約3カ月・・・被災地はいま、どうなっているのか?

取材班は、四川大地震で最も大きな被害を受けた町、映秀に入った。ここでは、人口1万人のうち約8000人が犠牲となった。震災後、政府関係者が多数訪れた映秀は、今回の地震被害を象徴する町だ。それにも関わらず、復旧は遅れていた。町の通りには、現実を物語るスローガンが掲げられている。『3年かけて、これまでの生活を取り戻そう』と―――。
以前にはなかった仮設住宅が完成し、町には住民たちが戻り始めていた。「北京五輪への資金を被災地復興に使って欲しいと思わないか?」との質問に、仮設住宅に住む人々はこう答えた。「国民のお金で開く大イベントだし、やめられないよ」
五輪観戦のため、仮設住宅の屋根の上には、各家庭で取り付けたアンテナが並んでいた。

映秀からブンセンへ抜ける幹線道路は落石が続いていた。取材班の通行は止められてしまった。
そのとき、通行が許された親子が通りかかった。この先の村から買出しにやってきたのだという。村の復旧状態を尋ねると、母親は「仮設住宅は建てる途中だけど、お偉いさんは『会議がある』と村から帰ってしまった」という。彼女たちはこれから4時間、道なき道を歩く。そして落石の危険をも覚悟し、また村へと帰っていった。

この先の集落はどうなっているのか?通行を止められた我々は、迂回ルートを取らざるを得ない。2日がかりの行程となる。
標高4000m級の山岳地帯を抜けていくと、臥龍についた。そこには、瓦礫の山で何かを探している子どもがいた。「建物が倒れたから、レンガとか空き瓶とか売れるものを集めている」と教えてくれたのは11歳の劉毅陳くんだ。地震後にはじめたこの手伝いで、1日に5元(約80円)のお小遣いがもらえるという。少年は、このお金を将来の学費のために貯金するという。
がけ崩れの危険があるために通学できない生徒が多く、休校が続いている。

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