

2010年11月5日
軍事政権が支配する東南アジアのミャンマーで7日、20年ぶりの総選挙が行われる。だが、民主化運動の指導者、アウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁解除の期限は13日。選挙から締め出された格好だ。今回、スー・チーさんの懐刀で“軍事政権が最も恐れる男”に話を聞くことができた。総選挙といっても名ばかりで、軍事政権は、選挙後も権力を握れるように仕向けているという。
「ビルマの政治にあれほどの影響力を持つ人はいない。まだ大義は達成されていないのだから、私たちにはスー・チーさんが必要」と話すのは、民主化運動の指導者、ウー・ウィンティン氏(80)。彼は、1989年から2009年まで、獄中の人だった。「20年の刑期を宣告され、独房に監禁されていた。隣の房も、そのまた隣も無人だった。たとえ叫んでも、誰も私の声を聞くことはなかった」と話す。尋問と拷問が続く日々の中、ウィンティン氏は、独房の壁に詩を書き続けることで精神を保ってきたという。
1962年から軍が独裁支配を行ってきたミャンマー。軍がビルマから国名を変えた。1988年、一党独裁の即時廃止を求め、連日100万人規模のデモが起きた。その先頭に立ったのが、ビルマ建国の英雄を父に持つスー・チーさんとジャーナリスト出身のウィンティン氏だった。2年後の1990年、総選挙が行われ、スー・チーさん率いる国民民主連盟(NLD)が485議席中392議席(約8割)を獲得。しかし、軍事政権は、政権の引き渡しを拒否し、現在まで居座り続けている。2007年9月、大規模な反政府デモが行われ、軍は武器を持たないデモ隊にも容赦なく発砲。このとき、取材していたジャーナリストの長井健司さん(当時50)が凶弾に倒れた。軍政は、流血の過去を忘れたかのように、20年ぶりの総選挙を行う。
軍政の幹部らは選挙前に退役し、翼賛政党を立ち上げた。豊富な資金と組織力で1100人以上の候補者を擁立。それに先立ち、新憲法も制定した。国会議員の4分の1を軍人とすることや、禁固刑を受けている者は立候補できないなどの規定を設けた。スー・チーさんとウィンティン氏の国民民主連盟は、選挙へのボイコットを決めた。「もし、政党として登録をしようとすると、リーダーのスー・チーさんを追放しないといけない。スー・チーさんだけでなく、他の同志も追放しないといけない。