

2010年11月16日
2004年9月29日、『神様、助けてください』日記にそう最後の言葉を綴り、一人の女性教師が自ら命を絶った。一体、彼女に何があったのか。
2004年4月、教員採用試験に合格した木村百合子さん(当時24)は、小学校の先生に採用された。彼女は、そのときの気持ちを初任者研修資料に『とても緊張した。子どもたちを愛していこう』と記していた。念願かなっての小学校教師。側で見ていた母親・和子さん(57)は「4月の最初に、両手いっぱいに文房具を買ってきた。『学校の分と家の分2つずつ買ってきた』と言ってニコニコしていた。とても楽しそうだった」と話す。百合子さんが初めての担任として受け持ったのは4年生。そこに待っていたのは、理想とは違う“学級崩壊”という厳しい現実だった。彼女がつけていた日記には、『歩きまわる』『興奮してわめく』など子どもたちの様子が記されていた。ある児童の答案用紙には、答えの代わりに『おまえはバカだ』と書かれていた。新人教師に対し、子どもたちの行動はエスカレート。初めての経験と苦闘する百合子さんは、先輩教師に助けを求めたが、返ってきたのは『給料をもらっているんだろう。アルバイトじゃない』という厳しい言葉だった。和子さんは、当時の百合子さんの様子について「ある時期からしゃべらなくなった。表情も重くなって笑顔がなくなった」と話す。
百合子さんは、夏休み、大学時代に所属していたボランティア団体に『ベトナムの子どもたちに日本語を教えたい』と希望したという。それは、教師を辞めることを意味していた。ボランティア仲間の笠井英彦さんは、当時の彼女について「すごく痩せていてびっくりした。いま考えれば、かなり悩んでいたのだと思う」と話す。新学期が始まっても事態は好転せず、日記には『すごく嫌いだ』など、苦しい胸のうちが綴られていた。百合子さんが亡くなる1週間前、クラスの中で問題が起きた。百合子さんは、そのことについて教頭先生から『何で止められないんだ。お前は問題ばかり起こしやがって』と言われ、『辛くてたまらない』と和子さんに泣きながら訴えたという。9月29日、午前5時。百合子さんは、家族に何も告げず家を出た。彼女は、車の中で頭から灯油をかぶって火をつけて自殺した。日記の最後のページには、『怒ってばかりいるうちに、私の顔がかわりそう。私の人格がかわりそう。神様、私を愛してください。