

2011年8月10日
岩手県陸前高田市の復興を継続して取材するシリーズ『復興を見つめて』。数百年の歴史があるとされる陸前高田市の夏の風物詩『うごく七夕まつり』。街の中心にある大通りを地区ごとの色鮮やかな山車12台が美しさを競いながら、夏の夜を彩る。今年は、東日本大震災により、9地区で山車が流され、開催は不可能とされていたが、残った山車で開催することができた。この祭りを心待ちにしていた一人の少年がいる。
及川佳紀くん(9)は、祖父母と弟の4人、陸前高田市の高台にある仮設住宅で暮らしている。3月11日、佳紀くんと弟の晴翔くん(7)は、小学校から避難したものの、仕事が休みで自宅にいた両親は津波の犠牲になった。お父さんが見つかったとき、一度だけ泣いた佳紀くん。それ以来、人前で涙を見せることはなかったという。ただ、佳紀くんが、いま、両親の話をすることはほとんどない。そんな佳紀くんが、毎年の夏、楽しみにしていたのが七夕まつりだ。“お祭り男”だった父・徳久さんが、毎年、山車の上で太鼓をたたく姿は、佳紀くんの憧れだった。家族ぐるみで付き合っていた同級生の母親・松野ケイ子さんに、佳紀くんは『かっこいい。お父さんのように俺も太鼓をやるんだ』と語っていたという。小学4年生になった今年から、佳紀くんはお父さんと同じように山車に乗って太鼓をたたけるはずだった。
12地区のうち、残った山車はわずか3台。『うごく七夕まつり』実行委員会事務局長・福田紀雄さん(42)の地区の山車も津波で流された。福田さんは、当初、祭りは、小さな山車を作り、自分の地区だけでひっそり行うつもりだった。そんな時、別の地区の子どもたちから『今年はどこでやるの?』『いつやるの?』『うちの地区でやれるの?』などと言葉をかけられたという。『津波があった一年』で終わるのか、『津波もあったけど、夏、みんなで楽しいこともあった一年』で終わるのか。福田さんは、傷ついた子どもたちにせめて楽しい思い出を残したいという思いから一念発起。全ての地区に祭りの開催を呼びかけた。被害を免れた3つの地区の山車を共同で使い、祭りを行うことになった。ただし、山車の飾り付けには、1台100万円以上かかる。各地のイベントでお囃子を披露するなど、支援を求めて奔走した。祭りに必要な物資のほか、集まった募金は250万円。