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2011年10月19日

検証:津波犠牲者が多く出た宮城県女川町

検証:津波犠牲者が多く出た宮城県女川町

東日本大震災で、津波による犠牲者を多く出した宮城県女川町。1万人もの人々の営みがあった港町を津波がのみ込み、死者・行方不明者の数は981人に上る。過去にも津波に見舞われた経験のある町で、被害が拡大したのはなぜなのか。その原因を山口アナウンサーが取材した。

3月11日、地震発生から約35分後。津波は、女川港の入り口にある防波堤から進入した。防波堤を乗り越えて町に迫っていった。当時、岸壁に立つ観光センターが入っていたビルで、電気の保守管理の仕事をしていた原吉憲さん(48)は、屋上に避難し、港を襲う津波の様子を撮影した。初めに、岸辺を舐めるように町に忍び寄った津波。岸壁に乗り上げ、見る見る道路に沿って広がっていく。水かさが上がり、家屋は流され、ビルは水没した。映像には、町から津波避難ビルに指定されている女川町商工会の屋上に避難していた人々の姿も映っていた。職員の青山貴博さん(39)は、このビルの屋上にある給水タンクにつかまって一命を取り留めた。青山さんは、その時、津波に押されて流される人、コンクリートでできた建物が倒され、流されていくのを目にした。青山さんがいたビルは、流されず持ちこたえた。女川町では、これまで安全といわれた鉄筋コンクリートのビル6棟が倒壊。ビルの中にいた多くの人が犠牲になった。なぜ、頑丈なビルが倒壊したのか。現地で調査を行っている東北大学・災害制御研究センターの越村俊一准教授は「(地震で)液状化あるいは地盤変動が起こった。その後、津波がやってきた。水の力が大きな力だったうえ、浮力というかなりの力も働いた」という。被害を拡大させた要因は他にもある。想像を超える津波の高さだ。津波は、地上20mほどの高台に建つ町立病院の1階部分にまで押し寄せた。このため、建物の前にある駐車場付近でも大津波にのみ込まれる人が相次いだ。津波の水位が上がったのは、女川独特の地形に原因がある。女川は、三方が山に囲まれているため、押し寄せた津波が行き場をなくし、さらに水かさが増した。

巨大津波は、どのように発生したのか。釜石沖GPS波浪計のデータによると、地震直後、海面は緩やかに2mに上昇。その後、急激に7mまで上がったことを示していた。これが、被害を拡大させた巨大津波の正体だとされている。

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