

2012年3月9日
東日本大震災で、岩手県釜石市では死者・行方不明者が合わせて1046人に上った。釜石湾には、9mを越える津波が押し寄せた。釜石市は、津波で壊滅的被害を受けた地域のなかで、防災意識の高い自治体として知られている。それでも多くの犠牲者が出たのは、なぜなのか。釜石市では、震災についての住民アンケートを実施した。全世帯を対象とする調査は、自治体としては初めての試みだ。アンケート結果から見えてきた釜石市の教訓を伝える。
アンケートは、これまでの防災意識や当日の避難行動など22項目に及んだ。調査結果により、様々な問題が具体的な数字で浮かび上がった。大津波警報の発表を知ることができなかった人が約3割。避難所へ直接向かわず、どこかに立ち寄った人も多かった。そして、地震直後、約7割の人が『避難の必要性』を感じていたが、津波による犠牲者の3人に1人が『自宅』にいたことが明らかになった。なぜ、避難しなかったのか。停電により、防災無線でしか得られない住民が多かった。しかし、市内96カ所にある防災無線は、本来の機能を果たせなかった。放送が伝えたのは、3mの津波予想までだった。その後、気象庁が6m、9mと津波の予想を変更したが、停電で情報が届かず、防災無線に反映されなかった。伝える側は、ラジオで予想の変更に気付いたものの、正しい情報が確認できず、“3m”という数字を省いて放送を続けた。
釜石市は、過去に4度、津波被害を受けている。その教訓を活かし、算数の授業で津波の高さを題材にするなど、住民の防災への意識が高い。しかし、今回、津波予想が“3m”ということで、避難をためらった人が多いという。実は、2010年のチリ地震のとき、釜石市にも大津波警報が出され、津波は3mと予想された。しかし、実際に観測されたのは、56cm。そのため、『また予想より低いだろう』という安心感が住民にあったという。さらに、もう一つ過信があった。水深63メートル、釜石市が誇る“世界一の防波堤”だ。『3m、5mの津波なら防げる』と感じた人が多かったという。津波で妻を亡くした金村英男さん(62)もその一人だ。夫婦で始めた居酒屋は釜石市のメインストリートに位置する大町商店街にあり、2階が自宅になっていた。金村さんは、地震が来ても避難はしなかった。予約客があるからと、妻と店内の片づけを始めた。