

2012年3月16日
ドイツは、福島の原発事故後、国内にある17基の原子炉すべてを2022年までに停止することを決め、“脱原発”の動きを加速させている。事故の当事国、日本で原発をめぐる迷走が続くなか、なぜ、その決断ができたのか。かつてドイツに留学していた政治学者の姜尚中氏が、廃炉作業の現場を取材。脱原発の国の現実を見た。
ドイツ北東部にあるグライフスバルト原発。1973年に運転を開始したこの原発は、東西ドイツの統一後、旧ソビエトの技術が信頼できないとして、1990年に停止。5年後、廃炉作業が始まった。廃炉作業では、建屋から使用済み核燃料や圧力容器、タービン、配管パイプなどを取り出す。放射線量の高い圧力容器などは、特殊な覆いが施され、30年以上、放射線量が下がるのを待ちながら中間貯蔵施設で保管される。一方、放射線量が低い部品は、除染しやすくするために、まず解体される。廃炉で発生したスクラップは約180万t。その3分の1が放射性のスクラップだ。防護服に身を包んだ作業員が、密閉された作業所で、部品を熱カッターで切り刻んでいく。細かく解体された部品は、表面を除染するため、鋼の粉が吹きつけられる。1日の作業時間は2時間まで。作業員の年間被ばく限度量である16ミリシーベルトを守るためだ。また、2000気圧という水圧での除染や、化学薬品を使っての除染なども行われている。現在、作業には800人以上があたり、すでに3000億円の予算が使われたという。2014年には終了する予定だ。ノルト・エネルギー社のヘンリー・コルデス代表取締役は「廃炉というのは、建設よりももっと複雑。時間もお金もかかるが、大切なのは説明責任。社会に対して透明性が必要」と話す。敷地内の中間貯蔵施設には、圧力容器のほか、約5000本の使用済み核燃料なども保管されている。そのことが20km離れたグライフスバルト市の住民に不安を抱かせている。市民からは「中間貯蔵施設があることはよくない。私たちだけでなく、子どもや孫の世代まで危険にさらされる」という声がある。
1986年のチェルノブイリ事故で大きな被害を受けたドイツでは、原発が常に論争になってきた。ドイツでは、大きな反原発のうねりが巻き起こる。稼働する寸前の原発は解体を余儀なくされ、高速増殖炉の施設は遊園地へと変わった。