

2012年8月9日
長崎は9日、67年目の『原爆の日』を迎えた。長崎では、今も“被爆者”として認められない人たちがいる。国が設定した被爆者と認められる地域は、爆心地から南北12キロ、東西7キロ。当時の長崎市を中心に、行政区に沿って線引きした結果、縦長になった。“被爆地域”拡大を求める声が強まるなか、2002年、国は新たな枠組みを作った。半径12キロの同心円内にいながら被爆地域から外れた人たちを“被爆体験者”とした。被爆体験者とされた人たちは、被爆者と違い、医療費などの十分な支援が受けられない。395人の被爆体験者は、国などを相手取り、被爆者として認めるよう裁判を起こした。原告側は、内部被ばくの影響も訴えたが、長崎地裁は訴えを退けた。提訴から4年8カ月。すでに27人の原告が他界した。もう時間がないなか、原告団は控訴を決めた。亡くなった仲間、そして『福島のために』というのも理由だという。一方的な線引き、そして内部被ばくの恐怖という共通の不安。福島の姿は、67年たっても苦しむ自分たちと重なってしまうという。
動画視聴推奨環境について
Microsoft Edge、Google Chrome の最新版を推奨環境としております。