

2012年8月14日
福島第一原発周辺自治体である浪江町、双葉町、大熊町、富岡町は、ふるさとに帰るまでの期間、“仮の町”を作ろうと相次いで検討を始めた。町の中に別の町を作るこの構想。帰還までの間、福祉や役場などの機能を持ったコミュニティーをほかの自治体の中に作るという。仮設住宅では、戻るあてのない避難生活で健康状態が悪化する人が相次いでいる。仮設住宅でも健康維持のため、さまざまな試みが行われているが、こういった状況を根本的に解決しようと被災自治体が打ち出した構想だ。
無人の状態が続く浪江町。復興はおろか、時間の経過とともに生活のにおいが消えていく。この町で時計店を経営していた原田雄一さん(63)は月に一度、町に入り、状況を確認し、放射線量を測定している。側溝や水たまりは、いまだ放射線量が高いままだ。原発事故を境に町は一変した。野生化した豚に食い荒らされた商店や、1階部分が潰れたままの店。震災で痛んだ建物が突然崩れたり、余震によって壁がはがれていく状況は、今も続いている。原田さんの店も、原発事故さえなければ、再開に向けて動いていたはずだ。震災翌日の午前6時半に、原田さんらは店に集まり、片付けようとしていたところ、避難命令が出た。原田さんは「(時計店は)今年で87年目。私が生きているうちに100年の記念をやりたかった」と話す。長年、商店街を利用していた地域そのものが崩壊してしまった。もう一度、商売をしたいと考える原田さんは、仮の町に望みを託す。仮の町の受け入れ先候補地として挙がっているいわき市。市内各地に分散する形での被災者向けの災害公営住宅の建設には協力するというが、仮の町構想には距離を置いた。いわき市の渡辺敬夫市長は、「双葉郡の人たちが、仮の町から自分のふるさとに帰れるとなったとき、廃墟の町ができるようなことは、いわき市としては認められない」と話す。国も仮の町構想については消極的だ。復興庁の幹部は「響きがいいから、“仮の町”という言葉が独り歩きしてしまったところがある。インフラなどを含めたハード面の“仮の町”というのは実現できない。災害公営住宅を早く造って、仮設から早く移ってもらうということが優先されるのではないか」と話す。
埼玉県の騎西高校で避難生活を送る渡邉マサさん(92)。原発事故後の長時間にわたるバスでの避難で体調を崩し、一時寝たきりになってしまった。
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