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2012年12月18日

80人死亡の体育館を解体…そのとき遺族は

80人死亡の体育館を解体…そのとき遺族は

岩手県陸前高田市の復興を継続して取材するシリーズ『復興を見つめて』。街の中心部に立つ市民体育館は、解体の時を待っていた。地震の直後、避難所だった体育館には、多くの人が身を寄せた。しかし、大津波は、建物をのみ込み、生存者3人を除く、約80人が犠牲になった。陸前高田では、こうした建物の解体が、今、進んでいて、春までに終えるとしている。今後、地盤がかさ上げされ、その上に新しい街が作られていく。復興へ向け、歩み続ける人々の思い。そして、止まった時間を進めようとする遺族の姿。わずかに残った街の面影が消えていくなか、解体作業を見守る遺族には、いろいろな思いが交錯する。

体育館と棟続きの公民館で働いていた小松博子さん(当時58)は、震災から5日後に遺体で発見された。あの日から、娘の鈴木美和さん(33)、小松佳奈さん(24)姉妹は、何度も崩れた建物を訪れる。崩れた建物の中で、繰り返される亡き母との対話。ある日、2人は母に向け、別れの言葉を綴った。『これからも、みんなのこと天国で見守っててね』この“母へのメッセージ”は、震災の記憶を伝えていくモニュメントとして、市で保存されることになり、建物解体前、壁のメッセージは切り出された。9月30日。多くの遺族が、体育館のお別れ会に集まった。美和さんたちも建物に祈りを捧げた。メッセージを残したことで、前に進みだすことができたという美和さん。「終わりではなくて、街の復興の一歩なんだという気持ちでスタートする」と話す。

お別れ会が終わっても体育館から離れようとしない女性がいた。市内に住む金野卓子さん(68)。娘の誉宇子さん(当時38)が、まだ行方不明のままだ。体育館で働いていた誉宇子さんは、最後まで避難する人の誘導にあたっていたという。金野さんの夫は15年前に他界し、一人でリンゴ畑の世話をしている。金野さんは、何をしていても考えてしまうのは、誉宇子さんのことばかりだという。「見つからないし、踏ん切りはつかない」と話す。ただ、金野さんは解体作業に期待を寄せていた。「床の下から見つかるのではないか…」10月31日。体育館では、解体に先駆け、床下の捜索が行われた。現場監督を務める石川敏男さん(58)は、金野さんの従姉弟にあたる。金野さんは石川さんに「見つかったら、すぐに教えて欲しい」と伝えていた。

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