世界の車窓から

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ポルトガル編 撮影日記

夕刻の大平原を行く
サウダーデ
前回の日記で「雨男」の異名をとったIディレクターこと、市川です。
いよいよ、ポルトガルの旅も最終章へ。今回の出発地のアレンテージョ地方はポルトガル南部の内陸部。国土の1/3の面積を占め、その大部分が牧場や畑が広がる平原地帯とあって、典型的なポルトガルの田舎風景が広がる地方といっていい。思えば、遠くへ来たものだ・・・車窓を眺めながら、旅の日々が走馬灯のように駆け巡る。
私達がポルトガルに降り立った頃は、まだ春の長雨が降り続いていた。外の風景は、どこか物憂げだったが、車内は対照的に賑やかな空気で溢れていた。雨によって列車に乗らざるを得なくなった人たち同士が出会い、会話が弾んでいる。カメラを片手に話しかけると、彼らのおおらかさに包まれて、地元の仲間に入れてもらえた気がしてワクワクした。夕刻、雨粒はだんだん小さくなり、霧がポルトの街を更に幻想的な街へと変えた。
ドロウ川を上流へ辿る列車では、雲の隙間から強い一筋の光が川に差し、水面が輝いた瞬間が印象的だった。そして今この時、目の前に広がるアレンテージョの平原は、ねっとりと熱いエネルギーを持ったオレンジ色に染まっている。田舎で休暇を過ごし、リスボンへ帰る人たち。言葉数は少なく、お気に入りの曲に乗せて、どこまでも続く大平原の景色を見つめている様だ。列車の旅。それは天気、車窓の風景、乗客の思い、すべてが移ろいゆくということなのだ。
Saudade(サウダーデ)とは、一般的に郷愁、憧憬、思慕、切なさを表す。しかしポルトガル語のそれは、温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事で、もう得られない懐かしい感情を意味する言葉とも言われている。旅の移ろいに、時としてかつての自分への懐かしさを感じ、また時として一期一会の切なさを感じたりもする。旅を終える頃、ポルトガルは既に汗ばむほどの陽気。移ろいゆく風景や季節を敏感に感じながら、そこでしか出会えない瞬間をカメラで捉える事の面白さ。今回の旅では、そんな映像作りの原点を再認識させられたのだった。
ディレクター 市川 智弘
霧の街ポルト
輝くドウロ渓谷