暑熱順化、そして夏
2023年06月05日

 お日さまが照っていると、ネコも機嫌がいいらしい。「まぶしいよー」と訴えているようにも見える。すべてが「白日の下にさらされる」感じがして、恥ずかしいのかもしれない。お天気の日には、コタローがよくこんな格好で寝ている。
 やっぱり太陽が照る昼下がりは良いものだ。

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 日差しにこれほど感謝するのは、つまり、うっとうしい季節が始まったということを意味する。ことしは、沖縄から東海までは平年より1週間ほど早く、5月のうちに梅雨入りした。先週後半は、台風に刺激された前線の活動が盛んになり、西日本から東日本にかけて、広く災害級の大雨に襲われた。
 関東もすっかり梅雨入りしたと思っていたのだが、気象庁のホームページで調べてみたら、まだそうはなっていない。梅雨という言葉では片付かないほどの、激しい雨ではあった。

 雨が上がった土曜日の午後、近くの川べりを散歩したら、いつもはチョロチョロ程度の水流が、結構な勢いとなっていた。増水のピーク時に濁流が直撃したのだろう、草が全てなぎ倒されていた。
 僕の近所はまだこの程度で済んだが、今回は亡くなった方もいた。広い範囲で多くの家屋や田畑、車が水浸しになった。心からお見舞い申し上げます。

 「線状降水帯」という言葉を僕の脳が認識したのは、鬼怒川が氾濫した2015年の9月だったように思う。次々に発生する雨雲が、帯状に同じ地域にかかり続けることで大雨被害をもたらす。「せんじょうこうすいたい」という言葉が腑に落ちた。一方で、濁流が堤防を越えてあふれ出す映像を見ながら、「異常気象」という言葉が、決して「異常」と言えなくなる日が来るのだと、恐ろしい気持ちになった。

 こちらもまた気象に密接に関連する言葉だが、「熱中症」という言葉が世間に馴染んだのも、おそらく、わりと最近のことである。これもまた自分の記憶の世界で申し訳ないが、ここ15年くらいのことではないか。
 前の局でキャスターを務め始めた、おそらく2010年の夏、番組冒頭で、「この暑さは、もはや災害です」とコメントした。その後に続けて、「熱中症」に警戒を呼びかけた記憶がある。「ねっちゅうしょう」とは、また新しい言葉が出てきたものだ、などと思いつつ。

 僕が子どもだった当時は、もっぱら「日射病」という言葉が使われた。一学期の終わりとか二学期の初めとか、夏休みの前後に校庭で全校集会などが開かれると、よく児童・生徒が倒れて保健室へ直行、ということがあった。先生たちも、「日射病に気をつけましょう」と言いながら、ピーカンでのこの種の集会をやめようとはしなかった。これも時代だろう。

 ちなみに、いつも元気ハツラツだった僕も、高校生のときに一度だけ「日射病」、いまでいえば熱中症の一種にやられたことがある。野球部だった高校2年の夏、それまでの捕手から投手にコンバートされた。3年生エースが卒部し、監督からは「これからはお前が主戦投手だ」と言われていた。
 新チームの夏合宿初日の練習中、張り切りすぎたのか緊張したのか、突然ぐったりとしてしまい、木陰で休んだ。でも、練習後はいつものように仲間と学校近くでジュースを買い、アイスクリームを食べた記憶があるから、さほど深刻な症状ではなかったのだろう。とにかく、少々のことは若さが跳ね返してくれた。
 でも、そんな僕も還暦を過ぎた。自信過剰は良くない。気をつけなければならない。

 熱中症予防のために必要なのが「暑熱順化」だ。「しょねつじゅんか」という言葉は、報道ステーションのキャスターを務めるようになってから初めて覚えた言葉だ。僕の中では、気象情報を扱う上での、最も新しい概念である。
 「暑熱順化」とは、夏本番を迎える前に、適度な運動や入浴によって発汗する身体を作り、あらかじめ暑さに慣れておこうというものだ。こうした言葉が日常生活で当たり前に使われるようになったのは、それだけ気象をめぐる常識が変わったということだ。僕が日々、一生懸命散歩をするのも、その「暑熱順化」の一環でもある。

 何ごとも、常識の変化に自分の意識を少しずつ合わせていくのが賢いやり方というものなのだろう。僕の場合、苦手なIT関係でそのことを特に意識する。
 スマホでQRコードを読み取って手続き画面に入り、ワンタイム・パスワードを暗唱して打ち込んでみたりと、小さな平べったい箱を相手に、それこそ大汗をかいている。電子マネーだって使うし、マイナンバーカードに保険証を紐づけること(悪評が目立つ)だってしている。できるだけ順化したいと、還暦のおっさんだって頑張っているのだ。

 前参議院議員のガーシー(本名・東谷義和)容疑者が、ドバイから帰国した成田空港で逮捕状を執行された。昨夏に議員に初当選してから一度も国会に出席せず、参議院から除名処分を受けていた。これまでの常識から言えばあってはならないことであり、今後だってあってほしくない。
 逮捕容疑は、ユーチューブ上で俳優などの名誉を傷つけることをほのめかし、脅迫した疑いである。こちらは司法の場で裁かれるにしても、選挙で議員資格を得ながら欠席を続けた怠慢は明らかである。
 しかし、ガーシー容疑者が移送されて警視庁に入る前、詰めかけた支持者からは「ガーシー!」と声援が上がった。SNSが作り上げる世界の一部には、新常識が広がっているのかもしれない。その新常識には、僕は慣れることはできないだろうし、慣れるつもりもない。

 雨雲は去り、被災地は片付け作業に忙しい。こちらに照りつける太陽は、ありがたいどころか容赦がない。線状降水帯にしたたかに打ちのめされ、疲労困憊の人々が、その上に熱中症になどかかりませんように。

(2023年6月5日)

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