花とおまわりさん
2023年05月21日

 なんだか、優しい。
 広島に来てG7サミットを取材しているのだが、街を歩いているとそう感じる。
 主要7か国とEUのトップが集うのだから、当然ながら警備は厳重だ。全国から警察官が動員され、各地で寸分の隙なく目を光らせている。交通規制は厳しく、さっきまで通ることができた道路も、要人の車列がやってくるとなると、拡声器越しの「規制します!」の号令一下、たちまち柵やコーンで仕切られ、一般人は待ちぼうけをくらうことになる。

 でも、なんだか、優しいのだ。
 最初に感じたのは、サミット開幕前日の平和公園でのことだった。翌日の首脳たちの原爆資料館訪問を前に、警備のため、平和公園は正午をもって立ち入り禁止となることが予告されていた。たぶん、正午近くになれば公園内に「閉鎖します!」という大音声が鳴り響き、人々が公園の外に出され、いくつかある門が一斉に閉じられるのに違いない。ガラガラガラ、というその瞬間を、われわれテレビメディアは狙っていた。

 だが、どうも「時間かっきりに、一斉に」という感じでもないのだ。
時計が正午を指してもまだ、公園の中には、外国人観光客を含むたくさんの人たちが散策を続けていた。当局側は、「まあ、だんだんとやりましょうや」、くらいのゆるい温度感である。
 周囲を固めていたのは滋賀県警の警察官たちだ。彼らも、決してつっけんどんになることなく、丁寧に人々に説明している。それでも、午後1時が近づくころ、公園からは次第に人の気配が消え、まるで自然とそうなったかのように、門はすべて閉め切られた。

 なんだかいいなあ、広島で迎えたサミット。
 だから、テレビカメラを前に、「街は警戒モード全開で、ピリピリしています!」というような、ステレオタイプのリポートをするのは、この場所では少しそぐわないと思った。規制は仕方ないが、尖った雰囲気にはしたくないという、サミットの警備に関わる人たち全体の思いをじわりと感じたのだ。事実、厳しい規制のために商売に支障が出るという飲食店やお土産店でさえ、「広島から平和が発信できるのなら、それが最優先」と答えるところは少なくない。
 そう、被爆地・広島で開かれるサミットは、平和を心に刻み付ける上で、とても重い意味を持つのだ。

 サミット1日目の5月19日。首脳たちは、そろって原爆犠牲者の慰霊碑に花を手向け、原爆資料館を視察した。その直後、われわれ報道陣の間に、ウクライナのゼレンスキー大統領がサミットに参加することが決まったとの一報が駆け巡った。
 G7にもう一人の主役が加わることとなった。戦禍のウクライナと被爆地・広島。平和への願いが重なる。実り多きサミットとなるよう、さらなる期待が高まる。

 一夜明けてサミット2日目。そろそろ弁当以外の食事を、ということで、スタッフたちと昼食に出かけた。ラーメン屋さんの赤い暖簾に惹かれて店に入ると、笑顔が素敵なおかみさんが迎えてくれた。汗をかきながら完食したタイミングで、おかみさんは僕たちに話しかけてきた。「マスコミの方々って、すぐに雰囲気でわかるんですよね」。
 どういうことですか?と問い直すと、「私、ちょっと前までUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)で働いていたんです。マスコミと接することも多くて」とさらりと言う。スーダンのダルフールで支援に当たっていたそうだ。
 えっ?広島では、元国連職員が普通にラーメン屋のおかみさんを務めているのか。なんともまあ庶民的かつ国際的ではないか。このふたつが矛盾なく同居する広島は、優しい上に、なんだかとてもカッコいい。

 すると、街の中心を貫く平和大通りに大規模な交通規制がかかった。きっとまたどこかの首脳の車列が通るのだろう。
 こちらでは大阪府警の警察官たちが、隙間なく道路を封鎖していた。でも、道行く人たちへの声かけは、関西弁の親しみやすいアクセントもあって、これもまた決して威圧的でない。傍らに植えられたベゴニアの花も、任務に就く警察官を応援しているように感じられた。僕は街を覆う優しさのオーラに、すっかり浸りきってしまったらしい。

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 夕方、ゼレンスキー大統領が広島空港に到着した。そのまま、市内にある会議場のホテルに直行するらしい。そこでホテル近くの交差点で車列を待つことにした。情報を聞きつけたたくさんの市民が沿道に集まっていた。侵略に屈しないでほしいという、市民の思いが膨らんでいた。

 そこにもまた、警備の警察官の姿があった。こちらは制服に「鹿児島県警」と書かれている。「リュックなどの荷物は下においてくださいね」。「ごめんなさい、そこ自転車止めないでくださいね~」と、こちらもまた、お国訛りの優しい声かけである。
 いよいよ大統領の到着間近となり、今度は群馬県警も応援に加わった。後ろには東京の警視庁の制服姿も。まるで全国の都道府県警察の競演である。

 さて、3日目を迎えた。世界経済、地球環境、AIとの向き合い方など、各国首脳の議論はすでに多岐にわたっている。一方、やはりゼレンスキー大統領の動向が注目を集めている。今回招待された、インドなどグローバルサウスと言われる国々とも精力的に会談を重ね、支援への協力をも求めているものと見られる。こうした新興国は、歴史的なつながりや、脆弱な経済へのダメージへの懸念から、ロシアと正面から対立するわけにはいかない事情を持つ。だが、平和を希求するという一点では、互いの意思を確認できるはずだ。

 ゼレンスキー大統領は、これから平和公園に向かい、岸田総理大臣とともに原爆犠牲者の慰霊碑に祈りを捧げるという。遠巻きにはなるが、その姿を見に行こう。
 それぞれの国を率いるリーダーが、平和への願いを改めてかみしめることができますように。人々を優しい気持ちにさせてくれる、このヒロシマの地が、歴史的な転換点の新たな一歩となりますように。

(2023年5月21日午後 広島にて)

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