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  reported by
宮嶋泰子

フィギュアスケート、ショート・プログラムのヒロインは金児(キム・ヨナ)でも浅田真央でもありませんでした。

観客ひとりひとりの心を大きく揺さぶったのはカナダのジョアニー・ロシェットでした。



訃報はショートプログラムが行われる3日前に届きました。
モントリオールから応援のためにバンクーバー入りしたロシェットの母テレーズさんが、突然、心臓発作で亡くなったのです。55歳でした。
それがどれほどの衝撃であったか・・・
とても仲のよい親子だったと聞くにつけて、考えるだけでも胸が締め付けられます。

カナダチームも、ロシェットの気持ちを慮り、「ロシェットに対して、母の死に関する質問は控えてほしい」と私たち報道陣におふれを出したほどです。

そのロシェットが、ショート・プログラムでは最終組で登場。
浅田真央、キム・ヨナが第5組で滑ったあとの組です。

整氷が終わって、5人の選手が一斉にリンクに散って6分間のウォームアップが行われます。他の選手たちが、自分を鼓舞するように緊張の中に時折つくり笑いを見せるのとは対照的に、沈みがちな表情で技の確認をしているロシェット。
その様子を追っていたカメラマンによれば、すでに目は潤みがちに見えたとのこと。

私自身も20代のときに、突然の事故で母を失い、2ヶ月間泣いてばかりいて、何も手に付かなかった思い出があります。自分の過去とロシェットの今を重ね合わせ、彼女の姿を見ただけで、涙が止まりませんでした。

こうして氷の上に立って、オリンピックと言う大舞台で自分の演技をしようとする精神力の強さ。悲しみを抱きながらも感情に揺さぶられずに、演技ができる強さ。

コロシアムにこの日集った観衆は、ロシェットの名前がコールされると、大きな温かい拍手と声援を送ります。みんなが彼女の心の中を知っていました。

ラ・クンパルシータのタンゴの調べにのって踊り始めるロシェットの一挙手一投足を、固唾を呑みながら見守ります。

最初のトリプルルッツからダブルトーループのコンビネーションジャンプに成功すると、これまでとは違った感動の歓声が沸き、コロシアムは完全に一体化していきます。 

どうやって心を立て直したのか、心理学者に聞いてみたいほど、ロシェットの演技は完璧でした。

最後スピンとステップを決めたときにはロシェット自身も泣いていたようです。

悲しみを忘れるのではなく、悲しみを自分の中に抱きながら、それを演技に昇華させたロシェットの心の強靭さにただただ感服でした。

演技を終えて、一選手から24歳の女性に戻ったとき、それが、コーチと抱き合い号泣する姿だったのでしょう。キス&クライで得点を待つときに「ママ」と叫んでいるように見えました。



©IOC2010

心と体は一つ。
脳と身体のパフォーマンスの関係を切り刻んで研究する時代にあって、改めて人間の大きな総合的なパワーを感じた瞬間でした。

コロシアムの観客全てが立ち上がって贈った大きな拍手。
このスタンディングオベイションはロシェットという一人の選手が抱えた心の試練とそれに打ち勝った大きなドラマに送られたものだったのでしょう。惜しみない拍手を送る人々の手にはハンカチが握られていたことは言うまでもありません。

選手の演技に自分の心を重ねて、私もまた、溢れる涙をどうすることもできませんでした。

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