

2006年12月15日
25歳になったグエン・ドクさんと結婚相手のティエンさん(24)。結婚することになったドクさんを長野智子が訪ねた。
ベトナム戦争中、米軍は中部ジャングル地帯に大量の枯葉剤を散布。この枯葉剤に含まれたダイオキシンが人間の染色体に傷を付け、奇形障害児を生み出した。
終戦から6年後、ベトさんとドクさんは骨盤から下は一人分を共有する結合双生児として生まれた。7歳になった二人は世界ではじめて分離手術を受けた。一人分の骨盤をドクさんがもらうことで元気になったが、分離手術から18年、兄のベトさんは今も脳障害で寝たきりの状態。
「ベト兄さんは、かわいそうな兄です。僕のために兄は動くことのできない生活となりました。僕は兄に感謝しています」というドクさんは今、健常者とほとんど変わらない生活をしている。
ドクさんは今も病院で暮らし、病院のホームページを作る仕事をしている。この病院では、ドクさんと同じ枯葉剤による障害を持つ子供が60人ほど生活している。ドクさんは時間を見つけては子供たちの遊び相手になっている。ティエンさんは熱心に子供たちを励ますドクさんの姿に惹かれていったという。
「ドクは障害者ですから、母は強く反対しました」というティエンさんは市場で働くお母さんの手伝いをしている。結婚に反対したお母さんが「障害を持つ恋人ができて今後、幸せな生活ができなくなると心配でした。絶対に認めたくありませんでした」と強く反対した裏には、ドクさんとティエンさんの間に、障害児が生まれるかもしれない恐れがあった。ベトナムでは今も枯葉剤による障害児が生まれ続けているからだ。
ドクさんが暮らす病院の一角には、普段は鍵が掛けられている閉ざされた部屋がある。そこには障害を持った胎児や、生後間もなく亡くなった子供たちの亡骸が保存されていた。その標本の数は今も増え続けているという。
ドクさんは半年間、ティエンさんのお母さんの元へ通い「真剣にティエンさんを愛している、自分には障害があるが何でもできる」と誠実に伝えたという。今やお母さんは「今は家族の一員で実の子供のように思っています」というほど。しかし二人は宿命を背負っている。奇形児の出生は、3世代、4世代目にまで及んでいる。
「子供が欲しいです。