

2008年2月21日
亡くなった人たち。
それぞれの人生を振り返りながら、その死を悼む不定期企画。
元プロ野球選手の稲尾和久さん。
1958年の日本シリーズで、背水の陣にたたされた西武ライオンズの運命を託されたのが稲尾さんだった。第4戦は完投勝利、第5戦はサヨナラホームラン、第6戦は完封。そして最終戦は先発…。西武は3連敗の後の4連勝という快挙を成し遂げ、優勝した。
"神様・仏様・稲尾さま"―――そう呼ばれた鉄腕の夢は「子どもと野球をすること」。
妻の律子さんは「(子どもが)4人全員とも女だったので『フォアボール』って言われていた」と語る。そんな稲尾さんに初孫ができたのは15年前、念願の男の子だった。三女の恭子さんは「威張っていた。『やっと俺の時代が来た。仲間が増えた』って」と話す。7人の孫に恵まれ、そのうち5人が男の子。鉄腕の夢は、世代を越えて叶えられた。
去年10月、手足のしびれを訴えて緊急入院した稲尾さん。そのわずか2週間後、家族みんなに見守られ、静かに息を引き取ったという。
11月13日、悪性腫瘍にて死去。(享年70)
俳優の草薙幸二郎さん。
個性的な適役として、映画やテレビドラマで活躍した。長男の仁さんは「子どもの頃は嫌だった。友達には『仁の親父、また捕まったね。悪いことしたね。』という感じだった」と話す。
―――子どもたちにどう接すればいいのか―――
それが、自分の父親を早くに亡くした草薙さんの悩みだった。妻の敬子さんは「父親像というのが、自分の中にできていなかった。自分に"父親になるんだ"ということを納得させようと努力していた」と語る。その後、仁さんは父親と同じ役者の道を志し、10年前には舞台で初共演も果たした。
去年4月、草薙さんは体調を崩して入院。今夜がヤマとまで言われたが、奇跡的に乗り越え、「10月には舞台に出る」と言って周囲を驚かせた。それは、楽しみにしていた息子との共演だった。楽屋では酸素吸入器をつけて、最後まで演じきった草薙さん。亡くなったのは、千秋楽の翌日だった。
11月11日、間質性肺炎にて死去。(享年78)
アマチュアカメラマンの田口隆さん。
桜島に魅せられ、20年前に鹿児島へ移り住み、50万枚以上を撮り続けた。フォトショップを経営しながら写真教室を開き、鹿児島の魅力を伝えてきた田口さん。