

2008年5月29日
今月、千葉の幕張で憲法9条の世界会議が行われた。ノーベル平和賞受賞者らをはじめ、紛争が相次ぐアフリカなどから1万人が集まった。
紛争に悩む国々に、いま何が必要なのか―――?
「アフリカは多くの紛争・暴力を抱えている。私たちは日本が悲惨な体験をした後、繁栄を成し遂げたことを良いお手本にしたい」と語るのは、西アフリカの平和構築のために活動しているガーナ代表のエマニュエル・ボンバンテさんだ。ガーナへ帰国したボンバンテさんは、休む暇も惜しんで3年がかりの紛争仲裁に奔走する。「最も重要なことは、すぐに(紛争解決の)交渉をしないことだ。部族の争いは根が深いから」と語るボンバンテさんは、国連の支援も受けて、西アフリカの紛争の芽を摘む幅広い活動を続けている。
ガーナがある西アフリカは、コートジボワールなど深刻な紛争を抱えている国が多い。その中で民主化から18年、隣国と戦争していないガーナは、経済が安定したアフリカでも"優等国"となった。それを支えているのが、歴史の痛みから生まれた平和憲法だ。
14世紀から植民化されたガーナは、奴隷輸出の一大拠点だった。いまも残る奴隷収容所の跡…ここから膨大な数の黒人が新大陸へ売られていった。民族の嗚咽は、ガーナ平和憲法誕生の原点となった。
しかし、ガーナ国内の部族紛争はまだなくなっていない。取材中にも、ガーナ北部で15人もの死者が出る部族衝突が報じられた。
同じとき、ボンバンテさんもガーナで最も深刻な紛争地の仲裁に向かっていた。「80年間、2つの部族の関係は悪化する一方だった。私はこの紛争を解決するために、あらゆる手を尽くしている」とボンバンテさんはいう。
紛争地帯は、隣国トーゴとの国境線の近くで、12万人が暮らしている。80年間、紛争を続けてきたエンコンヤ地区に初めて日本のメディアが入った。案内されたのは、部族の神を祭るお社。そこに"パラマウントチーフ"と呼ばれる部族の長と、長老たちが待っていた。部族の長は、壮絶な長年の紛争についてこう語った。「この100年の間に戦いがひどくなり、銃で殺しあうようになった。村は非常に苦しんできた」と。
チャリティ・ボワテさん(27)の夫は、4年前に突然姿を消した。「夫は畑仕事に行くと出たまま、帰ってこなかった。翌日、紛争地帯で死んだと知らせが入った。