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2011年6月13日

ラグビーの町・釜石市、復興への第一歩

ラグビーの町・釜石市、復興への第一歩

『ラグビーの町』として知られる港町・岩手県釜石市。この町も今なお地震や津波の傷跡が残っている。自衛隊のヘリコプターの発着場となっているグラウンドの傍らで練習に励む男たちがいた。社会人ラグビーの2部リーグに属する地元のチーム『釜石シーウェイブス』だ。決して、強豪とは呼べないが、このチームがいま、町の復興シンボルとなっている。少しずつではあるが“日常”が戻ってきた釜石市を松岡修造が取材した。

釜石市には、かつて新日鉄釜石という企業チームがあり、松尾雄治、森重隆ら名選手を擁し、前人未到の7年連続日本一を達成した。港町らしい大漁旗を振る応援風景は名物となった。しかし、チームは、鉄鋼業の衰退とともに縮小。10年前にクラブチームへと変わったが、ラグビーは人々に根付いている。釜石市の小・中学校では、授業にタックルなど接触プレーのないタグラグビーを取り入れている。この町にとって、ラグビーは日常の象徴だ。ところが、3月11日の東日本大震災で、沿岸部は壊滅的な状態となり、多くの人が犠牲になった。活動休止を余儀なくされた釜石シーウェイブスの選手たちは、震災直後からボランティアに励んでいた。外国人選手も帰国することなく活動していた。すると、1カ月も経った頃、町の人々から意外な言葉をかけられたという。チームの主将、佐伯悠は「ボランティアをやっているときに『今年ももちろんラグビーやるんだろ』『お前らやらないでどうするんだ』と言われた」という。ラグビーどころではないなかでも、町の人々はラグビーの復活を望んだ。洋菓子店店長の千田尚裕さんは「練習に専念して試合で力を出してもらいたい。試合をして勝つことが一番のボランティア」と話す。しかし、その思いを伝えたくても伝えられなくなった人もいる。新日鉄釜石7連覇時代の選手で、釜石ラグビー協会の会長・佐野正文さんは、津波にのまれ、帰らぬ人となった。息子の竜介さんは「いまチームに『釜石はいまからだ。釜石の誇りを持って戦え』と父は言うと思う」と話す。

震災から約2カ月が過ぎた5月3日、釜石シーウェイブスは、町の人々の後押しを受け、練習を再開。再び釜石市で試合をすることを願い、選手たちは黙々と汗を流し続けた。練習再開から約1カ月後となる6月5日に、釜石市で試合が行われることが決定した。

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