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2013年8月16日

原発事故で故郷を追われ…避難生活を送るということ

原発事故で故郷を追われ…避難生活を送るということ

福島第一原発事故によって、福島県民約15万人が県内外で、今も避難生活を送っている。故郷を追われ、避難生活を送るとは、どういうことなのか。

桜井浩二さん(仮名・54)は、福島県富岡町から千葉県船橋市に避難し、家賃が免除される3DKの借り上げマンションに、家族4人で身を寄せていた。各地を転々とし、ここは、5カ所目の生活拠点となる。桜井さんは、富岡町で、祖父の代から続く米屋を家族で営んでいた。船橋市に避難後、桜井さんは、水産加工会社でのアルバイトや埠頭でゴミ拾いなどの仕事に就いた。月給は10万円程度。以前の収入には程遠い額だ。桜井さんは、都会での慣れない仕事、そして、将来への不安から、夜も眠れない日々が続き、体を壊してしまった。ぜんそくに肺炎、突発性難聴。薬の副作用とみられる糖尿病も併発し、仕事を辞めざるを得なくなった。桜井さんは高校を卒業以来、米屋一筋で生きてきた。9年前には自宅を新築。しかし、残ったのは2000万円のローンだけ。東京電力から賠償金が支払われたとしても、ローンの返済に消える。何の非もないのに、原発事故で失った生活の基盤。桜井さんは、「商売はあきらめるしかない。ほかで仕事をしたこともなく、病気を持った人間が『今までと同じような給料をください』というのは、まず無理」と肩を落とす。

桜井さん夫婦には、さらに気がかりなことがある。原発事故が起きた当時、小学4年生だった次男。それまでは友達の多い活発な子だったという。しかし、避難をして以来、ふさぎ込み、学校を休みがちになった。そんななか、同級生から『ここにいる必要はない。福島に帰れ』と言われたという。今年、次男は、中学校に入学したものの不登校となり、船橋市の隣、市川市内にある病院の院内学級に通うことになった。片道1時間の道のりを送り迎えする生活が続いていた。そこで桜井さんは、病院により近い場所へ引っ越すことを決めた。しかし、悩みの種はお金。借り上げ住宅では、家賃が免除されていたが、桜井さんの場合、引っ越しは自己都合とみなされ、家賃を全額支払わなければならない。東京電力に改めて家賃の負担を求めることにしている。無職となった今は、一人月10万円の賠償金が頼りの生活だ。米屋が営業できなくなったことに対する賠償は支払われているが、事業資金の借入金の返済に消えてしまう。事業の賠償も2015年の2月が期限。

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