大越健介の報ステ後記

SNSはダメよ
2023年02月19日

 その8歳の女の子は、祖母がスマホのカメラを向けるたびに「SNSはダメよ」と言うそうだ。知人から聞いた話である。
 今どきの子どもは、そうやって学校や家庭で教えられているのかもしれない。画像万能の時代である。SNSをはじめ、この世の誰もが画像を共有できる時代になり、利便性が向上する一方で、プライベートが、意図せずとも簡単にさらされてしまう時代になった。
 そんなこと、何をいまさらと若い世代には言われそうだが、こちらはただただ、驚愕の日々なのである。

 17日金曜日午後、横浜市内の雑踏で車やバイクなどが玉突き衝突する事故があった。複数の人が重軽傷を負った大事故。追突されたバイクに乗車中の警察官がもんどりうって倒れた。最初に突っ込んだ車の運転手は、現場に居合わせた男性に諭されていたようだが、聞く耳を持たず(のように見えた)、その場から車を運転して立ち去った。
 
 まるで見て来たように言っている。しかし、見て来てはいないが、僕は動画では見たのだ。しかも複数のカメラが抑えた動画を。
 にぎやかな場所だけに、あちこちに防犯カメラがあった。しかも、近くに停めてあった車のドライブレコーダーもその瞬間を捕らえていた。番組スタッフはそれらの映像を慎重に確認し、番組に使用した。
 運転していた78歳の男は、果たして、その日のうちに身柄を特定され、ほどなく逮捕された(容疑は否認)。それだけの目にさらされ、しかも「記録」されていた以上、逃げ切れるものではないだろう。もし、本当に記憶がないとすれば、それはそれで深刻な問題だが。

 このニュースを伝えるにあたり、リードの原稿をどう書くべきかと考えた。リードとは、ニュースの冒頭で短く述べる要旨の部分である。
 僕は、「カメラは見ていました」という短文を冒頭に据えた。白昼の繁華街で玉突き事故が起きたこと、けが人が複数出たこと、事故を起こした運転手がその場を立ち去ったこと。それらすべての要素がニュースであるが、何より、そうした事態を複数のカメラが見ており、逃げ切れる余地は小さいと思われることこそが、このニュースの本質だと思ったからだ。

 この日は、それ以外にも動画の存在がモノを言ったニュースがあった。東京・八王子市の精神科病院で起きた患者虐待の事件。患者側からの相談を受けて病院側を刑事告発した弁護士が、虐待の様子を捕らえた動画を公開した。悲惨さに目を覆った。
 報道の仕事は、事件などでは一方の主張のみならず、対極にある側(この場合は告発された側)の言い分もできるだけ伝えることが求められる。今回も病院側にコメントを求めたが「捜査に協力する」というのみだった。映像の持つ力が圧倒的に勝ったニュースだった。

 NHKがドキュメンタリー・シリーズで検証しているとおり、20世紀は「映像の世紀」だった。写真、フィルム、ビデオテープと段階を踏みながら、人類の歴史が本格的に映像に切り取られた初めての100年と言えた。
 そして21世紀。映像はスマホによって人々の掌中に握られた。あるいは、無人カメラによって日常が記録されるようになった。私たちは、もはや互いに、写し、写されることを前提として生きていかなければならない。プライバシーはどんどん後景に退く。8歳の小学生が「SNSはダメよ」と釘を刺さなければならない社会の姿である。

 そこにある種の息苦しさを感じるのは僕だけではないだろう。そして、しんどいのはそこにとどまらない。映像デジタル技術の進歩で、フェイク動画が簡単に作れるようになった。ただでさえ、ネット上に溢れかえる情報の中で、自分が好きな分野の情報だけを選ぶように仕向けられ、あるいはそれを指向する。そこにフェイクが巧妙に組み込まれれば、集団の分断は極まり、中には現実から乖離する行動を起こす者も現れる。トランプ元大統領の熱烈な支持者などがおととし、アメリカ連邦議会を襲撃した事件などはその顕著な例であって・・・。

 話を冒頭の玉突き衝突事故に戻そう。
 僕が岡山で新人記者をやっていたころ、事件・事故の一報は「警戒電話」で把握することが多かった。泊り勤務のときの電話先は、県警本部と岡山市内4警察署(当時)、市の消防局と海上保安部。夜中に何回か「変わりありませんか?」と各所に電話を入れたものだ。そして何もなければ、つかの間の仮眠をとる。

 今回の横浜の事故くらいの大きな規模で、しかもひき逃げ事案となれば、県警本部マターになったはずだ。当時の岡山県警も、こちらの警戒電話にあえて隠すことをせず、教えてくれたと思う。そして僕は所管する警察署に電話取材する。親切な担当者だったら「結構大きな事故じゃ。急いでカメラ出さにゃ」と教えてくれたかもしれない。
 事故の規模によっては、カメラマンを家から呼び出すのがためらわれる場合もあった。現場が近い場合は自分でポラロイドカメラ(!)を持って撮影したものだ。ピントを合わせるのが下手で、特に寒い日はうまく発色せず、それでもないよりはましと、現場の一枚写真を朝のローカルニュースで放送したこともあった。「もっと練習しろ」と、出勤したデスクに雷を落とされた。

 しかし、それはフェイク・ニュースよりは圧倒的にましだったし、少なくとも事実の断面を切り取ってはいた。まさに隔世の感である。そして、時代を経ても、僕たちの仕事の本質は変わらないと思っている。

(2023年2月19日)

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