立ち往生に思う
2023年01月30日

 人間がまるで「樹氷」と化す光景が、大雪のニュースのたびに思い出される。
 僕は新潟市の育ちである。高校時代は、郊外の自宅から市の中心部にある学校まで、自転車で通学していた。だが、さすがに冬は電車を使った。自宅の最寄り駅は信越本線の無人駅で、ホームには屋根すらなかった。2坪ほどもない待合室はすぐに満員になり、結構な数の通勤通学客のほとんどが、吹きさらしのホームでひたすら電車を待ったものだ。
 地方都市のことゆえ本数も多くない上に、雪が降ると電車はしばしば遅れた。外で待つしかない人たちに、シベリアおろしの風に乗った雪が吹き付ける。傘は役に立たず、雪まみれになって身じろぎもできない。こうして人は樹氷と化す。着雪と樹氷は、自然現象的に違うものではあるけれど。
 「寡黙な樹氷たち」が待つホームに、人間と同様、雪を貼りつかせて怒ったような顔をした電車が入線してくる。そんな日常だった。 

 乾いた青空が広がる東京に住み、こんなふうに郷愁に浸っている分には気楽なものだ。しかし、雪はときに「悪魔」に例えられるほど凶暴だ。とりわけこの1週間は、10年に1度という寒波の影響で、北日本だけでなく西日本にかけても、雪は牙をむいた。各地で車の立ち往生が相次いだが、三重県から滋賀県にかけての新名神高速道路のそれは、とりわけ深刻なものだった。

 この夜の番組冒頭、担当デスクから、「まずは新名神の中継映像を流しますから、『絵解き』をしてください」と伝えられた。絵解き(えとき)、つまり見たままの印象を描写して言葉にせよ、ということである。伊賀から甲賀にかけての、かつては忍びの者も行き来したであろうこの地域は、いまや東西を結ぶ大動脈が貫いている。僕にとって土地カンのないところではあるが、しっかりと写実に徹しなければ。
 すると気づいたことがあった。トラックばかりなのである。乗用車はほとんど見当たらず、ほぼ100%が物流のために働く人とその乗り物なのだ。僕は率直にそのことを口にした。

 強烈な寒波到来、ということで、われわれメディアは「不要不急の外出、車の運転は控えてください」と呼びかけ続けてきた。運送業界の人たちなら、雪道の怖さなど、われわれに言われなくても分かっていただろう。
 それでも、彼らはドライバーに出動を命じ、ドライバーはハンドルを握る。彼らにとって、それは決して「不要不急」ではなく、「必要火急」だからだ。それにしてもなぜだろう。こんな雪の中を…。

 そんな話を報ステのスタッフたちとしていて、「それって、元はと言えば僕たちですよね」というひとりの発言に、みんなが神妙にうなずいた。
 スマホのアプリを触るだけで、買いたいものが翌日には普通に手もとに届く時代だ。新型コロナによる「巣ごもり需要」が拍車をかけ、ネット・ショッピングはもはや当たり前のものになった。消費のスタイルはこの数年でがらりと変わったのだ。
 消費者が店舗へ足を運ばなくなった分、それを肩代わりするのは運送業者である。単純に考えても、その分だけ業者の忙しさは増すことになる。そこにサービス競争の激化が加わる。消費者とは勝手なもので、雪が降ったから遅配は仕方ないと考えるより、雪が降っても注文通りに品物が届くサービスの方を選ぶ。

 そうした僕たちの心理や行動が、結果として無理なトラックの出動につながり、立ち往生の原因となっているのではないか。雪の中、長時間、車内に閉じ込められたドライバーの精神的、肉体的負担はいかばかりか。しかも、雪に埋まった状態でエンジンをふかし続ければ一酸化炭素中毒の危険にさらされ、命に関わる問題になりかねない。
 そこに思い至り、「元はといえば僕たちですよね」というスタッフの言葉に、一同しんみりとなってしまったのである。

 では、解決策はあるのかと言えば、なかなか難しい。
 「冬場は運送業者の皆さんが大変だから、買い控えをしましょう」とでも呼びかけようか。いや、それは大量消費を前提とした今の経済社会において無理がある。当の運送業者だっていい迷惑だろう。
 「どうしても運転される場合は、タイヤチェーンとか、万全の装備をしましょうね」と呼びかけることに意味はあるが、雪という大敵を完全に蹴散らすことは不可能だ。なにしろ、1台スタックしただけで、瞬く間に何十キロという立ち往生の列ができてしまうのだから。
 せめて、車が数珠つなぎになった映像を見て、「こんな雪の中、そりゃ車を出す方が悪いでしょ」と冷たく突き放すのでなく、「それでも車を出さなければならない人もいるのだ」と考える。その方が、いくらか人間的に優しい社会というものだろう。

 雪ひとつで、雪国の切なさのみならず、運送業界の苦労まで、いろいろなことが見えてくるものだ。
 新潟に住む母に電話をすると、今年の雪は、この越後の国でも驚くほどなのだと言う。
 「庭の木がね、枝にたくさんの雪をかぶって、まるでモンスターみたいなのよ」と母は言う。俳句を詠むのが好きな母は、白い怪物と化した庭木を見ながら、五七五と格闘しているらしい。元気そうな声を聞いて、少し心が落ち着いた。
 考えてみれば、もうすぐ2月である。散歩をしているとあちこちで梅の花が開いているのを見かける。近所では、黄色い蝋梅(ろうばい)の花が満開を迎えていた。
 控え目だけれども、春は着実に近づいている。

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(2023年1月30日)

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