歴史の教科書に
2025年04月21日

 トランプ大統領が番組に登場しない日はありません。
 このコラムもやはり大統領に登場願おうと思いましたが、先日、新聞に書いたコラムに今の思いを出し尽くしてしまいました。このコラムは、新潟日報に2カ月に1回掲載しているもので、題名を「キャスターEYE」といいます。同社にも連絡・了承の上、4月20日に掲載された同コラムを今回の「報ステ後記」に再掲させていただきます。

 「いま自分が伝えていることは、いずれ歴史の教科書に載る出来事に違いない」。そう考えるとき、事象を記録する報道の責任の重さに、身震いすることがある。
ニュースキャスターとしての経験から言うと、2011年の東日本大震災がそうだった。何度も衝撃を受けた。生放送の出演中に驚きの事実がもたらされ、緊張に包まれたこともあった。だが、映像を冷静に読み解き、的確に言語化することが自分の役割だと言い聞かせた。
ウクライナにロシアが全面侵攻した3年前のことも忘れられない。侵攻から間もなく、私は隣国ポーランドに出張取材した。国境の駅で見たのは、疲れ切った避難民がホームにあふれる様子だった。この切ない光景も、歴史の教科書に残されるのかもしれないと、漠然と思った。
自分自身の過去の経験を振り返る気になったのは、今この瞬間もまた、歴史に記される出来事のさなかにあるのではないかと考えたからだ。その主役はトランプ米大統領であり、彼の独善的な言動が世界に及ぼす影響はあまりに大きいからだ。
一連の追加関税を巡る騒動は、トランプ氏の「真骨頂」かもしれない。関税こそこの世で最も美しい言葉だという大統領は、これまた大好きなディール(取引)の手法で、国際社会を大混乱に巻き込んでいる。積算根拠の不明な高関税をかけたかと思うと、大小さまざまな例外措置を打ち出す。日々、現在地を把握することすら困難で、貿易に関わる人はたまったものではない。ただ、こうした乱気流の底には「アメリカはずっと搾取されてきた」という彼流の被害者意識があるのは確かだ。
少なくとも戦後の世界にあってわれわれは初めて、理性や論理の積み重ねよりも、露骨に情動を優先させる超大国のリーダーを見たのであり、それこそ、後々の歴史の教科書に記されるべき出来事なのだ。
「瀬戸際戦術」といえば北朝鮮の常とう手段だ。国民生活を犠牲にしてでもあえて危機を演出し、脅しをかけながら、国際社会から何らかの譲歩を引き出すやり方である。似たようなことを、今度はアメリカの大統領がやり出したと言えなくもない。
17日現在、最大のターゲットである中国からの輸入品に対しては最大145%の関税をかけ、中国も125%の関税で対抗している。現状で常態化すれば、米中のみならず、世界経済に大きな影響が出るのは明白だ。多くの場合、そのしわ寄せはより深刻な形で弱者に及ぶ。
このような状況の中でトランプ氏は「習近平主席とは良好な関係だ」と繰り返し、今後の交渉に意欲を示している。中国がしぶしぶ何かを差し出して事を収めるか、アメリカ側が耐えきれなくなって落としどころを考えるか。先行きは見通せない。
さしあたりトランプ氏は、本格的な個別交渉の最初の相手として同盟国の日本を選んだ。安全保障でアメリカに多くを依存する日本を、組みやすい相手と見たか。
ディールは何らかの結果をもたらし、沸騰した貿易戦争はどこかで収まるのかもしれない。そしてトランプ氏は「誰も成し遂げなかった偉大な業績だ」と自らを誇大宣伝するのだろう。
しかし、それとて何が残るというのか。貿易赤字が減ったとしても、自由世界の盟主であるアメリカに対し、世界が抱いてきた信頼や憧れといった感情は薄れ、結果としてアメリカの大切な価値は損なわれることになる。いや、一時米国債が売られた現実がその始まりを意味している。誇り高きアメリカ人たちはそれを恐れるが、一方でトランプ氏の岩盤支持層の団結は依然固い。この国の分断はそれほど深いのだ。
大阪・関西万博が開幕した。広大なリング(大屋根)のもとに集うパビリオン群は、まるで世界が一つの宝石箱に収まったかのようだ。しかし、希代の異端児がつくり出す新しいアメリカが、融和を導くリーダーとして輪の中に君臨する姿は、残念だが想像が難しい。いま私たちが目にしている弱肉強食にも似た光景は、後々の歴史の教科書の中で、どのように意味づけられるのだろうか。

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