宮嶋泰子 トリノは私にとって13回目の五輪でしたが、 取材、スタジオ、閉会式中継と、これまでなくバラエティに富んだ仕事をさせてもらいました。 ただし、声の具合が悪く、視聴者の皆さんにはお聞きぐるしかったと思います。大変失礼いたしました。 それでは、トリノ五輪、プレイバック! 写真で振り返ってみましょう。
清水俊輔 初めてのオリンピックが終わりました。 僕にとって最初の冬季オリンピックの記憶、それは92年アルベールビル。 当時小学6年生だった僕は、伊藤みどりのトリプルアクセルを真似しようと、家の床を踏み切り、トリプルならぬシングルアクセルを繰り返していました。 「オリンピックって、なんでこんなにワクワクするんだろう・・・。」 あれから14年。 自分がオリンピックの現場にいられることを幸せに感じながら、 怒涛の日々が過ぎていきました。 目の当たりにした荒川選手の金メダルも、通いつめたスキージャンプ会場も、 たまに時間通り来ないメディアバスも、やたら甘いチョコラータも、 すべてが心に刻まれています。 現地で感じたこと。 4年に1度しかない舞台で、自分の力を発揮するスゴさ。 4年に1度しかない舞台で、自分の力を発揮する難しさ。 この2つに尽きます。 最初の記憶から14年。 初めて肉眼でとらえたオリンピックで、ワクワクの理由が分かった気がしました。
武内絵美 「寒くとも温かかったトリノ五輪」 トリノはとにかく寒かったです。雨や雪が降らなくても、 スキーウェアを着ているくらいじゃ鳥肌が立ちます!! また、山にあるジャンプ会場では、寒さで腹痛に襲われるほどでした・・・。 しかし、人はとにかく温かかった。 各会場でボランティアの方々が、常に笑顔で挨拶をしてくれ、 私の拙い英語を理解し、道案内や質問に丁寧に答えてくれました。 そして、フィギュアスケート会場では、転倒してしまった選手が 立ち上がると拍手が送られ、最後まで滑りきると、 点数に関わらず、惜しみない拍手が送られました。 言葉は通じなくても、笑顔や拍手で心が通じる瞬間が沢山ありました。
小松靖 僕にとってトリノは、夏のアテネに続いて2度目のオリンピック。 メディア村、国際放送センター、競技会場の往復が数え切れないほど続いた17日間が終わりました。 4年に一度だけ、世界中から人が集まり、その模様がリアルタイムで放送され、何十億という人の注目を浴びるこのイベントには、不思議な力があります。 参加する選手、それを支えるコーチ・スタッフ、応援する家族。 集まった人の数だけドラマが生まれ、見ている人の心に刻まれます。 歴史に残るドラマです。 ドラマの主役達は、いろいろな思いを胸にオリンピックを後にします。 また次のオリンピックを目指して。 “Passion lives here.”今回のテーマが示したように、 トリノにこの冬息づいた情熱は、時と場所を越えて、 次にドラマが生まれる舞台に、聖火の炎とともに舞い降ります。 今からその瞬間が本当に楽しみです。 まだ興奮の余熱が残るトリノ、選手のみなさん、 お疲れ様でした。そして、ありがとう!