 この年の「NYタイムズ」紙には、「世界屈指の大企業を出し抜いた」と絶賛されました。そして、この世紀の大発明は会社の巨額な利益をもたらしたのです。が、そんな中村氏に会社側から支払われた発明報酬は2万円。中村氏はこの研究開発を終えた時点でさまざま企業や大学から誘いを受け、その中から全米屈指の名門校カリフォルニア大学サンタバーバラ校を選び、現在も教授という肩書きで半導体分野の研究に没頭しています。2000年、そのLAの学校に、思いもよらぬ来訪者があり、あの戦いが始まったのです。
「会社の本部の人間が追いかけてきたんですよ。サインをしなさいとね。秘密保持契約のサインをしなさい、と。」
 中村氏を訪ねてきたのは、かつて勤めていた日亜化学の人間。機密保持の契約書にサインを迫ったのです。中村氏は、この申し出に対し、自らの発明に対する報酬を求めて、かつての勤務先を逆に提訴しました。そして2004年1月30日、東京地裁は驚愕の判決を下しました。「企業が特許を独占することによって得た利益と発明に対する個人の貢献度から算定した発明の対価は604億円である」とし、中村氏が要求した200億円の全額支払いを命じたのです。600億円という途方もない金額は世間の注目の的に・・・。
「当時は、サラリーマンの人は応援してくれて、会社経営者は皆猛反対したんですよ。IBM社長も経団連会長も、反対だったでしょう。唯一、ホンダの社長だけが、『まあこれもいいんじゃないの』というぐらいで。これは簡単な話で、経営者は自分の懐に入ってくるお金が減るでしょう。サラリーマンの人は、やる気のある人は稼げて、能力のある人は稼げてうれしいでしょ。」
しかし、この判決に対し企業側は直ちに控訴。1年後、東京高裁は和解勧告を出し、結局6億円に遅延金2億円を加えた8億円を会社側が支払うことで決着を見たのです。
「負けですよね、実際には。でも日本では利益考慮だから仕方ないんです。だから和解勧告書もこう書いてあるんですよ。『中村氏の青色発光ダイオードに対する貢献度は認める。しかし、企業が発明者に多大な金額を払えば、企業の存続が危ぶまれる。だから100分の1の6億円にする』って。企業の存続が危ぶまれる――それが利益考慮なんですよ。そこに正義と悪の発想はまるで無いです。」
 他にも企業とサラリーマンによる発明を巡る訴訟にはこんなものがあります。砂糖の200倍甘いが低カロリーの甘味料を発明したサラリーマンは、20億円を会社に要求するも1億5000万円で和解。光ディスク読み取り技術では9億7000万円の要求に高裁の判決は1億6300万の支払い。一家に一台はある魔法瓶では1億5000万円を要求するも、判決は640万円。ドリンク剤などに含まれる肝機能の働きを良くする成分の発明に関しては、15億9000万円の要求に対し、企業側は「社内規定による10万円を支払済み」としていたが、その後和解――。実はこのように、日本の多くの企業では、社内規定により報酬が定められているケースがほとんどなのです。画期的なアイデアで大ヒットした床拭きモップ。この商品で企業は2年で200億円の利益を上げましたが、開発者たちに支払われた報酬は10人に対して合計で500万円。30年前に発明され、世界中に輸出されており国内だけで年間15億個も売れ続けている携帯カイロ。実は鉄粉と水を混ぜて熱を出すしくみは明治時代に特許になっており、新技術として特許を取得することはできなかったのです。そのためか、この発明において、企業から支払われた報酬はありませんでした。現在国内外で採用されている事実上家庭用ビデオの世界標準規格「ビデオ・ホーム・システム」VHSビデオ。その開発チームに支払われた金額は驚くほど少ない金額だったといいます。大手企業から次々と発売されている液晶ディスプレイ。今後も液晶テレビなどで成長がみこまれ、1兆円産業とよばれる技術ですが、この新技術を発明した開発者には退職時の77万円で、現在も訴訟中です。2002年、たんぱく質の質量計測法を発明し、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、ノーベル賞の副賞として1億円を手に入れましたが、会社から特許補償制度に基づき支払われた特別ボーナスは当時の上司と田中氏に計1万円だったそうです。 |