世界の車窓から

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モロッコ編 撮影日記

平原に佇む羊飼い
潤いの心
モロッコ北東部の乾燥地帯を走る列車に乗車していた。最後に雨が降ったのは3週間前というカラカラの大地をさらに太陽が照りつける。この暑さと乾きになると、手持ちのペットボトルに入った水の減りが圧倒的に早い。どの乗客も2ℓボトルの水を持ち歩き、座席のテーブルにドンと置いてある。涼しげに揺れる水の向こうに広がる車窓の景色は、いつもよりさらに過酷で険しく見える。
列車を降り荒野に立てば、車窓とはまた違った光景が目に付く。遊牧を続けている羊飼い達が、先の見えない地平線に向かってゆっくりと歩きを進めている。私達も車に乗り換えて撮影ポイントへ走りを進めていると、大平原の真ん中で突然コーディネーターのハサンが何かを叫んだ。車は急停車。何が起こったのかと思っていると、彼は車から飛び降り、傍で座り込んでいた羊飼いの少年に水のボトルを与えたのだ。なんという心遣いだ!ところでどうやってハサンは、走る車の中から喉が渇いているという事を察したのだろうか?戻ってきた彼にそれを尋ねると、少年が親指を立てそれを口に持ってくるジェスチャー(水をくれ、という合図らしい)をしたから分かったのだと言う。さらに、こう続けた。「モロッコではその合図が相手からあった場合は当然足を止めて助けるし、合図がなかったとしても見知らぬ者同士が声をかけ合って、水の有無を気遣うのが当たり前。それが流儀なんだよ。」と。確かに乾燥地帯に住むモロッコの人々にとって水は命の源だ。そして何より、モロッコの人々の相手を気遣う気持ちに心打たれた。
この国を旅して、最初は不慣れな文化に戸惑い、撮影も円滑に進まない事もあった。でもこの地は一度中に入り込むと、人々は温和で親切で、思いやりがあり、もてなし好きだという事が分かる。心の底に流れる揺るぎない道徳心は、日本人もモロッコ人も同じ気がした。そして旅の終わりに、こんなにもモロッコ贔屓になってしまっている自分にも驚きだ。これが「魅惑の国モロッコ」と呼ばれる所以だろうか。
ディレクター 市川 智弘
笑顔が印象的な少年
車内で出会った親子