秋のオーストリア・チェコ 中欧の古都を巡る旅 撮影日記

- プラハの街並み
- チェコの歴史に思いをはせる
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ロケ帰国後のタイミングに行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本対チェコ戦。本業と野球を両立しながら国の代表として躍動するチェコの選手たちの姿に、大きく胸を打たれた。気になってチェコの野球の歴史を調べたところ、驚いたことがある。1989年のビロード革命による社会主義体制から民主主義への転換が野球の発展に大きく影響したのだという。冷戦中、野球は資本主義的なスポーツとして迫害されていたそうだ。振り返ってみると、ロケ中にもたびたびチェコの歴史の転換期に思いをはせる場面があった。
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チェコに入って数日、オーストリアから来た国際列車レイルジェットでプラハへ向かっていたときのこと。列車は途中のパルドゥビツェ駅で予定外の停車をした。車内で密着取材中だった勤続40年の大ベテランの車掌に話を聞くと、このあたりは東西南北の路線が交わるところで、民主化以降、多くの線路が新設されたという。この日も線路工事の影響で30分ほど遅れが生じていた。社会主義時代は市民の移動が制限され、今のように自由に鉄道で国を越えて旅行するなんて夢のまた夢だった、と教えてくれた。今ではウィーンとプラハの間を1日に何本もの列車が行き交っている。彼の話を聞いてからの撮影は、より一層、身が引き締まる思いで、何気ない乗客たちの横顔もそれまでと少し違った見え方がした。
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そして、プラハでは11月2日の特別な行事を撮影した。「ドゥシチュキ」と呼ばれるその日は、人々が墓地を訪れ、ろうそくを灯し、故人を静かにしのぶ。日本のお盆のようなこの風習を紹介できればと思い、現地コーディネーター、アダムさんのご先祖様も眠るというヴィシェフラド墓地を訪れた。そこで、ひときわ多くの人が立ち止まる墓が目に留まった。ビロード革命を主導し、チェコ共和国初代大統領となった、ヴァーツラフ・ハヴェル氏の墓だ。特に印象的だったのが、親子連れが多く、子どもたちがろうそくを灯して祈っていたことだ。1989年の出来事を知る世代が、また次の世代へと思いを託す、その瞬間を、カメラに収めて番組で伝えることができたのは、この仕事をやっていて良かったと心から思えた。
- ディレクター 野口 夏樹

- ベテラン車掌

- ドゥシチュキの夜