インカの記憶・アンデスの風・南米ペルーの旅 撮影日記

- マチュピチュ遺跡
- マチュピチュへ
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列車は、途中駅オリャンタイタンボを過ぎ、いよいよ秘境マチュピチュへと近づいてきた。この先、遺跡へ行く手段は列車と徒歩のみ。バスなどの車両では入れなくなっているそう。列車からは、山を歩く登山客と荷物を運ぶ馬やロバの列が見える。オリャンタイタンボからは、3泊4日かけて歩けるそう。列車では、2時間くらい。
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切り立った崖の合間を走り、マチュピチュ遺跡の麓、マチュピチュ村の駅に到着。この村、なんとも落ち着くというか何故か日本の温泉地のような風景。村の役場にいって話を聞いてみる。大きな会議室の壁に歴代の村長さんの写真が並んでいる。そこに1枚だけ別の壁に飾られている特別な写真があった。初代村長の野内与吉さん。1917年、21歳のときにペルーにわたり、のちに鉄道建設に従事。この地に定住し、川から水を引き、何もなかったところに生活基盤を築き上げたそう。水力発電で電気を通すなど、人々のために尽力し、正式に村となったマチュピチュ村の村長に就任。彼の功績を縁に、故郷である福島県大玉村とマチュピチュは友好都市協定を結び、交流を続けているそうです。
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村の撮影を終え、いよいよマチュピチュ遺跡へ。と思ったら少しだけ雨が降り出した。聞けばどうにもこのマチュピチュ遺跡、天気が最大の敵。山の上には霧がかかりやすく、綺麗に全体像を見ることが出来る日ばかりではないとのこと。悩んでいてもしょうがないので、雨の中、バスでマチュピチュ遺跡を目指す。遺跡に入り、テレビでよく見る絶景スポットへ歩く。なんということでしょう。僕らが着いたらちゃんと雨が止む。マチュピチュ遺跡は、テレビ慣れしている。
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さすがマチュピチュ、期待どおりの絵力。なのだが、周りを見渡してみると、周囲の山々も実はとてつもない美しさ。人が立ち入れないような切り立った山々の圧倒的な風景。そんな遺跡を歩いていると同じ洋服を着た子どもたちをよく見かけた。修学旅行らしい。ペルーでは修学旅行の定番スポットがマチュピチュ遺跡との事。金閣寺的な事でしょう。入学と同時に旅行資金を積立し、計画を練ってきて、みんなで旅行するのは最初で最後。進路もバラバラだそうで、風景はそこそこに、別れを惜しむようにそれぞれが写真を撮りあっていた。
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次回、マチュピチュに満足した取材チーム、新たなる旅へ
- ディレクター 水口拓郎

- 日本の温泉地のようなマチュピチュ村

- 記念撮影をする修学旅行生