のない音楽会 コメント(4) 記事URL mixiチェック ツイート 投稿日:2016年10月02日 09:30 作曲家のなかには、生前名声を誇っていても没後急速に忘れ去られてゆく人と、亡くなっても変わらず作品が演奏され続ける人がいます。 前者の例は、モー
マンです。大作曲家ロベルト・シューマンの奥さんですね。クララは少女時代より、天才ピアニストとしてヨーロッパで名声を獲得していました。ロベルトと交際している時点では、クララのほうがずっと有名人でしたので、父フリードリ
といえるかと思います。ヴィエニャフスキは19世紀を代表するヴィルトゥオーゾ。作曲家である以上に、演奏家として名声を獲得していました。その演奏は完璧な技巧と温かく豊かな音色を持ち、燃えるような熱情を兼ね備えていたと
40代を迎えて大家への道を歩んでいます。ソ連出身の天才らしく、磨き抜かれた完璧なテクニックと輝かしい美音で名声を築きあげたレーピンですが、近年はその表現に円熟味を増しつつあるようです。ラヴェルの「ツィガーヌ」は得意
で、20世紀最大級の音楽家といえるでしょう。ロシアに生まれ、アメリカに渡ってからは当代一流のピアニストとして名声を築きました。あまりにもピアニストとして多忙だったためか、アメリカ時代に作曲された作品はごくわずかし
しています。また「ラ・マルセイエーズ」は、チャイコフスキーの大序曲「1812年」やドビュッシーの「花火」に登場します。 作曲者の名声という点では「ドイツの歌」が最強です。なにしろあのハイドンが作ったのですから! さて、今回の大会の決勝で歌わ
家たちのなかでは、例外的に遅咲きの作曲家です。存命中のフランクは作曲家というよりは、主にオルガニストとして名声を得ていました。ところが晩年の10年間に、ヴァイオリン・ソナタ、交響曲、交響的変奏曲、「前奏曲、コラールとフーガ」な
院ではあのマーラーにも師事しています。しかし、1914年にアメリカへ渡ると、ブロードウェイやハリウッドで活躍して名声を築きます。 「ハリウッド映画以前の最大のエンタテインメントはオペラだった」という考え方からすると、このあ
大きな利点です。 オペラ作曲家として評判を呼んでいたヘンデルは、晩年にオラトリオの分野に力を注いでさらなる名声を築きました。「メサイア」はそんなオラトリオの大傑作。演技や衣装がなくても、音楽そのものが持つドラマが聴く
ゾーンにも才能豊かな姉ファニーがいました。女性が作曲家として活躍するのは困難な時代でしたので、弟のような名声を得ることはありませんでしたが、時代が違えばきょうだいそろって音楽史に名を残していたかもしれません。