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2010年3月18日

米軍基地が消えた街の今・・・フィリピン・スービック基地跡

米軍基地が消えた街の今・・・フィリピン・スービック基地跡

フィリピンの首都マニラの北西に位置するオロンガポ市。ここには、18年前まで、アジア最大の米海軍基地『スービック基地』があった。冷戦当時、ベトナムに駐留するソ連をにらむ拠点として、重要な役割を担っていた。しかし、冷戦終結直後の1991年6月、ピナトゥボ火山が大噴火。大量に降り積もった火山灰によって、基地の機能が停止した。莫大な災害復旧費用に加え、当時のフィリピン政府が基地の返還を求めたことから、アメリカは1992年11月、フィリピン全土の米軍基地を返還した。

基地が撤退した直後、スービック周辺の街オロンガポ市では、商店の倒産が相次ぎ、街には失業者が溢れた。しかし、現在、基地跡は「スービック自由港 経済特別区」に生まれ変わり、活気に満ちている。米軍から返還された基地の面積は約1万5000ヘクタール。再開発された面積は、山手線の内側(6700ヘクタール)に匹敵し、この広大な敷地に韓国や台湾、日本などから約1000社が進出している。かつて米軍基地では、約4万4000人が働いていたが、現在、経済特区では、ほぼ倍の約8万7000人の雇用を生み出しているという。

経済特区で、多くのフィリピン人を雇用している日本企業の電子機器メーカー「サンヨウデンキ・フィリピン(山洋電気グループ)」。従業員2700人を抱え、コンピューターなどに使われる冷却ファンを製造し、日本を始め、各国に輸出している。スービックへの進出の決め手は、米軍基地があったことに大きく関係しているという。サンヨウデンキ・フィリピンの篠原俊夫社長は、「米軍跡地だからインフラが整備されている。基地で働いていた人がたくさんいる。英語がしゃべれて、規律がしっかりトレーニングされている。質の高い労働力が入手できる」と話す。サンヨウデンキの従業員の中には、米軍基地の撤退で職を失い、家族が海外に出稼ぎに行った人もいる。海外の企業が進出する理由は、人材確保の容易さだけではない。経済特区が発展した理由には“税制の特別な優遇措置”もある。経済特区に進出した企業は、設立から最長8年間、法人税が免除される。さらに日本の消費税にあたる付加価値税12%も免税となる。そのため、価格競争の厳しい電子部品を作る企業の進出が目立つ。日本の家電量販店で販売されている台湾製の格安小型パソコンの部品も経済特区で製造されている。

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