香取:いま半分ですか。
松本:大変な先祖を持っちゃいましたよね、ホントに。でもこのおじいさんという人はですね、80近くまでやってたんですよ。晩年は心臓が悪くて、あげ幕でしばらく心臓を抑えて、うずくまって心臓を整えて楽屋へ入っていった。一緒に出ていてそういう姿を見ていた親父が「おとうさん もうあなたは1600回。幸四郎の弁慶は当たり役だし、お客様は皆さんよくご存知だから、少しは自分の体のことを考えて演じなさいよ」と言ったんですって。そしたらうずくまってた祖父がギョロっと見上げて、「何を言ってるんだ。今日初めて自分の弁慶をご覧になるお客様もいる」って言ったんですって。80近いおじいさんがですよ、よくそういう事言えたと思ってね。(客席に向かって)おもしろいですか、こんな話?
(会場からは「おもしろい!」という声があがる)
松本:そう? なんか…。
香取:いやいや もう本当にいっぱいお話を聞かさせていただいて、ひとつずつ僕の中で「これはスゴイ」てなった瞬間、「うわっ こっちの方がスゴイ」でどんどんなってきて(笑)。スタッフから聞いたんですけどイギリスに行ったときタクシーに乗ったら無料になったという話は?
松本:ああ、あれはね、バーミンガムだったな。「王様」はブロードウェイと違って半年間の公演だったんです。270ステージ。長いせいもあったんだけど、バーミンガムに行ったら何十年ぶりかの大雪で、その日の公演が中止になったんです。中止になったんで、僕は楽屋口でホテルまで帰るタクシーに乗った、運転手さんが(バックミラー越しに)見るのね。で、多少日常会話くらいはできますから話したんですよ。そのとき彼が「君、日本から来た王様役の役者だろ」って言うんですよ。「そうだ」と言ったら、「観たよ、昨日」って言うんです。「とってもよかった、感動したよ」って。そのうち話をしているうちにホテルへ着いて、「いくらですか?」ってメーター見たら、「いい」って…。
香取:かっこいい!
松本:「とても感動したからお金いらないよ」って言って、バタンとドアを閉めてスーッと行っちゃったんですよ。
香取:VTRの中にも出てきた三谷さんが、大河ドラマを見て感動して、いつかご一緒したいと。その三谷さんから夢をかなえたいから大河やらないか、と言われてボク一緒にやらせていただいたんです。
松本:その三谷さんが「舞台やってくれ!」「ミュージカルやってくれ!」と頼んでもあなたはやらないと(笑)。で、番組を見ていたら、「毎日同じことするのは嫌だ」「わからない」って…。
香取:いや、いや、あの(と焦る)。正直なこと言うとそれはちゃんとした理由じゃないです、きっと…。
松本:そしたら1600回も「勧進帳」やってるおじいさんはどうなる?ねえ。確かにそうですよ。同じこと、同じ動き、同じ台詞をやるのは。でもさっきもおじいさんの言葉にもあったけど、毎日違うんですよ お客様は。舞台は常に評価されたり評論されるわけですよね、いいとか悪いとか、上手いとか下手だとか。でも専門家より、本当に切符を買ってぱっと見て「松本幸四郎ってどんな役者かな」って来てくれるお客さんの方が反応が鋭いし本当なの。役者ってのは1日怠けると自分でわかるんですよ。2日怠けると相手役にわかるんですよ。で、3日怠けるとお客様にわかるっていう昔からの言い伝えがあるんだけど、お客様が一番わかるの。「ああ、今日は失敗したな」と思うと手叩かない、歌舞伎でも。歌舞伎でどういう言い方がよい言い方で、ダメな言い方か、どういう動きが良くて、悪い歌舞伎かというのが全然わからなくてもお客様はちゃんとわかるの。
香取:空気なんですね?空気の隙間というか…。
松本:歌舞伎ってのは古いものですよね。でも、古いものが本当にわかる方は新しいものもわかる。そういう人たちが、日本の古いものを今日まで伝えてきてくれたんだと僕はいまでも信じてるんですけどね。
香取:三谷さんとの舞台、ミュージカルを断り続けている香取慎吾ですが…。
松本:そういう気持ちにはなれませんか?毎日お客さまは新しいんだと…。
香取:あの…三谷さんにはそういう理由というか、「毎日同じことなんで僕はできないと思います」と言いましたが…。
松本:今日はね、(香取編集長が)『歌舞伎を観にきてくれること』と『舞台でミュージカルをやってくれること』という、このふたつ約束を条件に今日出たんですよ…。