赤信号を渡ってはいけない
2023年12月18日

 2週間前、自民党の各派閥の政治資金パーティーの問題について、少しは「臆面」というものを持ってほしい、という趣旨をこのコラムに書いた。慎み深くあってほしいという意味だ。人間は3人寄れば派閥ができるものであり、自民党に派閥が存在することは、ある意味、必要悪であるという前提で書いた。
 
 ところが、物ごとは、そのような甘い認識では立ち行かなくなってきた。派閥が政治資金パーティー券を売りさばくにあたり所属議員にノルマを課し、ノルマを越えて集めた分は、ご褒美のようにして議員にキックバックしていた。
 この場合、派閥の側も議員の側も、政治資金収支報告書に記載していれば、法的な問題はない。だが、最大派閥の安倍派(清和政策研究会)では、キックバックした資金を報告書に記載せず、組織ぐるみで「裏金」として処理していたことが明るみに出た。岸田首相は、閣僚と副大臣から安倍派を一掃する人事を行い、ただでさえ低空飛行の岸田政権は、バランスまで危うくなってきた。

 「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」。もはや名言の域に達したビートたけしさんの言葉だ。安倍派にはそんな心理があったのだろう。
 総務相を辞任した鈴木淳司議員の説明が象徴的だった。閣僚在任中は全否定していたが、一転、2022年までの5年間に60万円の還流、つまり裏金を受け取っていたことを認めた。その上で「この世界で、文化といえば変だが、その認識があった」と述べた。
 違法なキックバックを、文化という言葉で表現するのは、いかにも変だ。だが、そうとしか表現できないほど浸透してしまっていたのだろう。金額も微妙だ。本人にとってはたかが60万というところかもしれないが、されど、60万である。
 今ごろは、この件に関わった人間はすべてこう思っているだろう。
「赤信号 みんなで渡っちまった どうしよう」
 後悔先に立たず、である。

 今回の問題は、派閥集合体としての自民党政治の弱点を浮き彫りにしたものとも言える。それは、脈々と受け継がれてきた自民党の遺伝子そのものだ。
 読売新聞の主筆にして、御年97歳の渡邉恒雄氏は、3年前に僕がNHKの番組で行ったインタビューで、1956年の自民党総裁選挙を取材したときの経験をこう語っていた。
 「もう公然と、僕らの見てる前で現ナマをね、総裁選挙の大会を開く会場の廊下でね、僕ら(記者)の見てるところで現ナマの授受やってるんだから」。「最初見たときはやはりショッキングだよ。これ、えらいもん見ちゃったな。隠そうとしないんだから」。
 日本が戦後の復興を歩み出したその当時、政治の権力闘争もエネルギーが充満していた。その負の側面として、政治の世界には「カネと数」がモノを言う文化が染みわたった。派閥政治は自民党本部の組織とは別の、もうひとつの自民党の正体であり、それに歯止めをかける仕組みも不十分だった。
 昭和はそうした政治が続いた。派閥は当然のようにして巨額の裏金を配るものだと、僕は先輩記者たちに教わった。その先輩たちは今の自民党議員を見て、だいたいこうつぶやく。「政治家も小粒になったものだな」。

 僕が政治の取材をするようになったのは、1989年(平成元年)からである。リクルート事件などによって政治不信がかつてなく高まっていたときだ。派閥政治の弊害が叫ばれ、政治とカネの問題に対し、政治家は常に襟を正すよう迫られた。実際、クリーンであろうとする政治家たちも増えた。「政治家も小粒になった」と先輩記者のつぶやきは、そのことを逆に証明しているとも言える。
 自民党はとうとう野党に下り、1994年、衆議院に小選挙区比例代表並立制を導入することや、政治資金の透明化と小口化を図る政治資金改革の法改正が、難産の末に実現した。5年以上に及ぶ政治改革論議はいったん終結した。だが、その中でなんとか生き残る形となったのが政治資金パーティーだった。

 政治活動には、そもそも「自由」が保証されるべきだと僕は考えている。あるテレビ番組でコメンテーターが「もう全額、政党助成金でまかなったらどうか」という趣旨のことを述べていたが、それは違うと思う。税金で支払われる「政党助成金」に、 政治家が全て頼り切るようなことになれば、政治活動の自由を政府が縛ることにつながりかねず、そこにはまた別の、民主主義上のリスクが生じてしまうからだ。
 政治家とは、苦労しても自前で政治資金を集めるのが基本だと思っているし、パーティーという姿も、その建前の延長線上にあるものだと理解していた。

 だからこそ、僕は今度の安倍派の「裏金工作」を残念に思うし、怒りを感じる。政治活動の自由を保つことの意義を、議員本人がどれくらい重く受け止めているのか疑問にも感じる。せめて最低限のルールくらい守れなかったのか。バレてしまってから慌てて、派閥の指示だったからとか、「文化」だったとか、いくら言い訳したところで、それは潔白の印にはならない。

 やはり赤信号は渡ってはならない。その多くが微罪であったとしても、だ。
微罪では済まない可能性もある。自分が車にはねられて命を落とすかもしれない。あるいは、ひとつの信号無視がきっかけとなって、手ひどい玉突き衝突が起き、大けがをする人が出ることだってありうる。
 
 いや、自民党はすでにかなりの大けがをしている。
 本来は自力で治癒し、回復するのが望ましいが、今のところあまり期待できそうにない。岸田首相は政治の信頼回復に「火の玉になって取り組む」と発言したが、具体的な改革像は語られなかった。
 検察はぞろぞろと赤信号を渡っていった政治家たちの罪の重さをはかりつつ、強制捜査に踏み切る構えだ。

 (2023年12月18日)

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