虐殺ではなく、抵抗なのだ
2023年10月30日

 インタビューという行為は、質問を発するインタビュアーの心身をも削るものだ。特に、その相手が、命のやり取りをする戦争の当事者である場合は。

 先週、イスラエルの政府高官にインタビューしたのに続いて、イスラム組織「ハマス」の幹部とのインタビューが実現した。10月26日、日本時間の午後6時から30分間。リモート形式である。
 ネットの画面がつながって、先方の姿が見える。車の中である。居場所を特定されないためだろう。その名をアフマド・アブドルハディ氏と言う。現在はハマスのレバノンの拠点のトップであると同時に、ハマスの広報官の立場と思われる。そして、密接に連携する「ヒズボラ」とのパイプ役を務める。

 インタビュアーは、時に自分の立ち位置を端的に示し、それを前提にして話を聞くことが求められる。今回がまさにそうだ。ハマスがイスラエル側への突然の襲撃によって約1400もの人命を奪い、200人以上と言われる人質を、ガザ地区内に連れ去った行為は許されることではない。それは非人道的という一点に集約され、国際社会のほぼ総意と言っていい。インタビューの中で僕はまずその立場を表明した。

 しかし、同時に僕はこの大事な前提を、アブドルハディ氏は真っ向から覆してくるであろうことを完全に想定していた。そして、実際にそうなった。
 「私たちは虐殺を行ったのではない。抵抗しただけだ」と彼は強調した。

 世界中に散り散りになり、念願の地にイスラエルを建国したユダヤの人々と、それに伴い祖先からの土地を奪われたパレスチナの人々との怨嗟の歴史は、あまりにも複雑に絡み合っている。パレスチナは多くの難民を生み出し、富と強大な武力を持つイスラエルは、徐々にその版図を広げていった。残酷な流血を繰り返しながら。

 「ならばパレスチナ人はどうすればよかったのか。自分たちの土地にとどまる権利と、その問題を消し去られたことに対して。(イスラエルによる)継続的な虐殺に対して。そのために、世界中に向かって声を聞いてもらう必要があった。いま起こっているように、自らの問題を国際社会に示す必要があったのだ」。
 ロシアの侵攻を受けるウクライナに、アブドルハディ氏はパレスチナを重ねた。そこには全く異なる国際社会の対応があるという。
 「そもそも欧米はダブルスタンダードで対応してきた。ロシアがウクライナを侵攻したとき、『ウクライナには自衛の権利があり、占領者への抵抗だ』とした。しかしながら、パレスチナの土地を占領し、虐殺を行うことでその民衆を追い出した敵を、欧米は占領者とはみなさない」。

 日本が名指しされたわけではないが、僕の耳には痛かった。
 実際、去年の2月、ロシアがウクライナを侵攻したとき、われわれは、一方的な理屈で相手の主権を侵したロシアを非難し、「ウクライナと共にある」と宣言することに迷いはなかった。しかし今回は、明確にどちらの側に立つという判断に窮し、頭を抱え込む。
 10月7日のハマスによる襲撃、人質の誘拐そのものを支持することはできない。一方で、長い歴史の中の、その一部を切り取ってハマスを糾弾しても、両者の憎悪の応酬に歯止めをかけることにはつながらない。

 そのところをハマスは突いてくる。ハマスの行為を支持しないパレスチナ人はいる。しかし、心の底に横たわる反イスラエルの感情は、ハマスほど過激な行為はとらないにしても、共通している。

 イスラエルと同盟関係にあるアメリカをはじめ、欧米各国も日本も、その絶望の淵から人々を救い出す解を持たないのだ。そうした中、「屋根のない監獄」と言われるガザ地区に、容赦なくイスラエルの砲弾が降り注ぎ、人口200万人余りのガザで、数百人という単位で毎日、犠牲者が積み上がっている。
 国際社会には、共通していると言っていい唯一の認識がある。それは、ガザの地獄だけはなんとか打開したいという願いだ。ああ、それなのに国連安保理は、アメリカとロシアの対立に加え、イスラエルへの距離感の違いもあって、人間としてせめてもの、最小限の願いすら決議できなかった。

 イスラエル自身もまた、全身をハリネズミのようにして神経をとがらせている。ハマスせん滅のためには、一定の民間人の犠牲が出るのは仕方がないという姿勢で一貫している。ガザ地区への地上侵攻もなし崩し的に始まっているし、それ以前に、容赦ない空爆で街はすでにがれきの山だ。

 アブドルハディ氏は、本格的な地上侵攻となった場合について、インタビューにこう答えた。改めて、彼はレバノン南部に拠点を置くヒズボラとのパイプを担う人物である。
 「ヒズボラ指導部は、ガザ地区で起きていることに対し、自らは中立ではないこと、そして敵(イスラエル)が一線を越えれば、戦いに参入すると表明している。地域戦争へと変わる可能性がある」。

 インタビュアーである僕は黙って聞くほかなかった。仮に、「戦争の拡大はすべきではありません」と言ったとしても何が変わるだろう?いや、砂漠の雨粒1滴ほどの力ではあっても、彼に模範的な日本人としての感想を伝えるべきだったのだろうか。

 わからない。
 妻によると、インタビューが報道ステーションで放送されている間、わが家のコタローは身じろぎもせずにテレビ画面を見つめていたという。終わると立ち上がり、その場を去ったそうだ。
 何を思ったのか。悲しい人間の宿命か。それともインタビュアーの非力さか。

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(2023年10月30日)

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