

2009年9月24日
インド洋の給油活動からの撤退の代替案として、日本はどのようなアフガニスタン支援が出来るのか_____
医療NGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲氏(63)。25年前、医療団の一員として派遣され、医師のいない山岳地帯などで診療活動を行ってきた。去年8月、共に働いていた伊藤和也さん(当時31)が銃弾に倒れた後、中村医師は、他の日本人スタッフはすべて帰国させ、一人、現地に残り、支援活動を続けている。
アフガニスタン東部・ジャララバード。今年1月、中村医師はこれまで6年間続けてきた仕事の仕上げに取り掛かっていた。医療とは関係のない用水路の建設だ。
2000年、近年にない大干ばつが襲い、農地が壊滅的な打撃を受けた。水不足のため、汚水を飲んだ子供たちの間に赤痢などの感染症が急速に広がり、多くの子供たちが亡くなった。「抗生物質で飢えや渇きは治せない。清潔な飲料水、十分な食べ物があれば、9割以上は病気にならなくてすむ」と話す中村医師は、子供たちを助けたい一心から、2000年5月から井戸を掘り始めた。最初の水が出るのに1カ月。中村医師は、2001年9月までに約600本の井戸を掘った。そんな中、2001年9月11日、アメリカを同時多発テロが襲い、アフガニスタンとの戦争が始まった。アメリカの圧倒的な力の前にタリバン政権自体はすぐに崩壊した。しかし、避難先から戻った中村医師は厳しい現実を目の当たりにした。砂漠化がさらに進行し、井戸だけでは足りない状況になっていた。中村医師は、医療とはまったく無縁の用水路建設に乗り出した。アフガニスタン東部を流れるクナール河から引き入れた水が、最終的にガンベリ砂漠に流れ込む、全長24.3キロの大用水路計画。ガンベリ砂漠は、水さえあれば植物の生育に適した場所だという。2003年5月、中村医師は率先して先頭に立ち、日本人のスタッフと現地の村人たちで建設を始めたが、まったくの門外漢ばかりだった。
雪解け水が一気に流れ込む川から水を引き入れるための準備に取り掛かった。一から研究し、堤防として、蛇籠という日本の伝統技術を用いた。網の中に石を入れ、重ねるだけで頑丈な堤防になる。コンクリートをなるべく使用しないことで、壊れても簡単に修理が出来る。ところが、トラブルは次々に起きた。土手を作ってもしばしば決壊。