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2011年1月27日

再生への道〜元日本航空パイロットのその後

再生への道〜元日本航空パイロットのその後

去年1月、2兆3000億円余りの負債を抱え経営破たんした『日本航空』。今年3月までに、グループ全体の3分の1に当たる1万6000人の人員を削減することが更生計画の柱だ。去年の秋以降、主に50代のパイロットや客室乗務員は、希望退職を勧められ、応じなかった165人は、去年12月、整理解雇となった。悩んだ末に自らの退職の道を選んだ元機長と元副操縦士のそれぞれの再出発を追った。

整理解雇か希望退職に応じるか。元副操縦士の加藤さん(仮名)は、52歳という年齢を理由に2つの選択肢を突きつけられた。加藤さんは、1982年、飛行機のエンジンやシステムを監視する航空機関士として日本航空に入社。機長と副操縦士を支えてきたが、90年代、航空機関士の仕事は、機械の進歩によってコンピューターに変わった。加藤さんは、副操縦士となり、再スタートを切った。2009年、機長になるための国家試験に合格し、機長になる目前だった。しかし、去年、配られた9月、10月の勤務表は白紙。休日を示す“H”の文字だけが書かれていた。加藤さんは、勤務表を受け取った1カ月後、退職届を会社に提出した。「かたちの上では希望退職だが、クビになったのも同然。どうして俺が辞めないといけないのか」と悔しさをにじませる。日本航空は、退職者向けに作った就職先のリストを作成。加藤さんは、約9割以上の航空会社に自らバツ印をつけていた。加藤さんが持っているのは、B777の副操縦士の免許。募集は、それ以外の機種や機長を求める会社がほとんどだった。そして、年齢の条件も44、45歳以下というものが目立つ。加藤さんは「パイロットとしての再就職はあきらめざるを得ない」と話す。退職後、加藤さんが最初に向かったのはハローワーク。家族は、妻と息子2人。10年近く残った住宅ローンと大学に通う息子2人の学費が、未来への焦りを加速させる。求人票には、特殊な免許や資格が必要な仕事ばかりで、パイロットの経験は活かせそうにない。資格のある人でないと月給制の仕事はなかった。履歴書に書ける資格を1つでも増やそうと、加藤さんは、バイクの免許を取得するため、教習所に通い始めた。「バイクを使ったソクハイ便だったら、すぐ仕事がありそう。年齢制限もないだろうし、単発でもできる」と話す。就職活動を始めて2カ月。加藤さんは、大きな局面を迎えた。

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