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2011年6月23日

『沖縄慰霊の日』基地問題を考える

『沖縄慰霊の日』基地問題を考える

沖縄は23日、戦没者の霊を慰め、平和を祈る『沖縄慰霊の日』を迎えた。66年前、沖縄で行われた地上戦で、県民12万人以上が犠牲になったとされる。23日は、平和を祈り、沖縄戦戦没者の遺族らが8.5kmの道のりを行進した。追悼式には、遺族のほか、菅総理、仲井真知事らが参列し、犠牲者に祈りを捧げた。三浦俊章コメンテーターが、沖縄の様々な声を取材。『沖縄慰霊の日』を通して基地問題を考える。

宮城徳義さん(82)は、沖縄戦で祖母と両親、兄弟の合わせて6人を失った。当時16歳だった。上陸したアメリカ軍が迫るなか、家族と避難壕に身を潜めていたという。『出て来い』という声に、死を覚悟して応じた。宮城さんは「米兵に銃をつきつけられて、壕から離れた場所に連れて行かれた。家族は、怖がって出てこなかった。火炎弾をぶちこまれて、やけどして死んだ」と話す。宮城さんは、孫を連れて『慰霊の日』に参加。犠牲者の名前が刻まれた“平和の礎”の前で、66年前に起きたことを覚えていてほしいと語った。
その悲劇が起きた場所は、いま、アメリカ軍普天間基地となっている。宮城さんは、「基地があれば戦場になる。戦場にならないために早めに撤去してほしい。戦争の爪あとがそのまま続いている感じ」と話す。21日、日米両政府は、普天間基地の移設先について、名護市辺野古にV字型の滑走路を造ることで合意。しかし、2014年の移設完了期限は先送りした。これは裏を返せば、普天間基地を当面、使用するということだ。さらに、この普天間基地に、来年10月からは、垂直離着陸できる輸送機「オスプレイ」が配備される。オスプレイは、開発段階で事故が相次いだ機体だ。アメリカ軍は安全だと強調するが、住民の不安は増している。

2004年8月、アメリカ軍のヘリが沖縄国際大学に墜落した。そのとき、沖縄国際大学の元職員・山根光正さん(67)は、直撃した校舎の中にいた。「ババンというものすごい音がして、建物が振動した。真っ黒い煙が上がり、『戦場だ』と思った」と話す。夏休み中の事故で、幸いにも死者は出なかった。山根さんは「オスプレイが来て危険度が増す。沖縄県民のことをどう考えているのか」と憤りを隠せない。この日も大学の上をヘリが飛び交っていた。普天間基地の移設計画が進まないなか、“嘉手納統合案”が再浮上している。

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