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ドイツ編 撮影日記

マイバウムを中心に踊る人々
マイバウム顛末記
列車での撮影を終え、南ドイツの田園地帯を車で移動している際、トラクターで一本の大木を運んでいる若者たちに遭遇した。木の長さは20~30mもあり、表面の樹皮を刻んで細かな模様が描かれている。ドイツ語で「フィヒテ」という木で、日本では針葉樹の「トウヒ」にあたる。この木は何なのか若者たちに訊ねると、「もうすぐ催される祭りで使う木だが、たった今この大木を近くの村から盗んできたところだ」という聞き捨てならぬお応え。こんな大木を盗み、大型トラクターで運ぶという大胆不敵さがいかにも妙だ。
実はこの時、私たちには次の取材のアポが迫っている状態で、時間的な余裕は十数分しかなかった。先方の約束を反故にするわけにはいかない。時計に目を落としながらどうしようか迷ったが、どうにも気になるので、時間の限り取材させてもらうことにした。
大木はもうすぐ開催される「マイバウム」という春祭りで使われるという。それを盗んで自分たちの集落のどこかに隠す。盗まれた方も、怪しい奴らのおおよその見当はついているのだろう。すると、盗まれた村の者たちが探して大木を見つけ出す。かえして欲しければ、その見返りにビールをおごれという出来芝居なのだ。その割には、大木を隠す若者たちの表情は真剣で、撮影するのはいいが、放送は祭りの後にしてくれという注文がついた。
マイバウムは「5月の木」という意味で、毎年5月1日、ドイツ各地で開催される伝統的な春祭りだ。トウヒの大木を中心にして老若男女が踊り、生きとし生けるもの、万物のこれからの成長と繁栄を願おうというもの。今回、マイバウムを撮影したのはハイルブロンというネッカー川沿いにある比較的大きな町で、移動遊園地の広場がマイバウムの会場になっていた。素朴な風合いは薄まり、様々なアトラクションに囲まれてとても騒々しい環境にあったが、ひとたびアコーディオンが奏でられ、民族衣装で着飾った男女が躍り出すと、マイバウムは生き生きと立っているように見えたのだった。
ディレクター 浦野 俊実
細かな模様が描かれたマイバウム
マイバウムは全長20~30メートル